ホワイトソックスは、この点を極東スカウト網を通じて徹底的に洗い出していた。日本でのプレースタイル、メディア対応、チーム内での立ち位置。村上は決して“軽いスター”ではない。むしろ自分を追い込み続けるタイプの打者であり、敗戦の責任を引き受けようとする稀有な存在だ。

 再建球団にとって、必要なのは「確実な勝利」ではない。必要なのは空洞化したクラブハウスを再び機能させる「核」である。村上に課された役割はホームラン数以上に、その象徴性にある。

 加えて、球場要因も見逃せない。ホワイトソックスの本拠地ギャランティード・レート・フィールドは、左右対称に近い設計と低いフェンスを持ち、左打者にとっては明確なアドバンテージを有する。左中間・右中間の膨らみが少なく、打球が伸びやすい。これは、長距離砲の“最初の成功体験”を後押しする要素として、極めて重要だ。

ゲッツGMが評価した数字では測れない側面

 2年契約という形も、見方を変えれば村上にとって好条件である。長期契約という“ディフェンシブな条件”を与えられなかった代わりに、最初から勝負の土俵に立たされる。1年目から結果を出せば、契約最終年の2027年を前にトレード市場で価値を高めることもでき、その後のFA市場で再評価を勝ち取る道も開ける。

 弱小球団だからこそ、プレッシャーは分散される。敗戦の責任を一身に背負う必要はなく、調整と適応に集中できる環境がある。MLB関係者の間で「短期契約の方が、村上には合っている」という声が少なくないのは、そのためだ。

 ホワイトソックスという球団は、日本人選手と不思議な縁を持つ。

 チームがワールドシリーズ制覇を成し遂げた2005年シーズン途中の夏場まで、その裏側にはヤクルトで「上司」だった前監督の高津臣吾が在籍していた。井口資仁も同年から2007年7月までプレー。その記憶は、球団史の中で確かに生きている。

 だがゲッツGMにとって最大の原体験は、やはり松井秀喜である。

 かつて「ゴジラ」が名門ヤンキースにもたらしたのは、本塁打だけではなかった。ひたむきで献身的なプレーとともに「フォア・ザ・チーム」の精神と「勝ち方」を教え、敗北を引き受け、組織の空気を変えた存在だった。ゲッツGMが村上に見ているのは、数字では測れない、その部分だ。

サヨナラのホームを踏み、トーリ監督(左)らに迎えられるヤンキース・松井秀喜(写真:ロイター=共同)

 もちろん、成功は保証されていない。MLBのインハイはNPBとは次元が違う。スピードも、精度も、執拗さも。村上は必ず壁にぶつかるだろう。しかし、それを越えたとき、ムネタカ・ムラカミは単なる日本人スラッガーではなくなる。