安楽死ではなく、緩和ケアの充実を目指したが…

 2010年代を通して、複数の患者が「法務大臣や政府に安楽死を認めてほしい」と公開書簡を送ったが、政府は「安楽死は認めない」と明言。代わりに緩和ケアの充実を政策課題とした。

 2010年代後半以降も安楽死合法化は進まず、緩和ケアを尊重する医療体制が中心だった。この頃の世論調査では国民の約70%が安楽死の合法化に賛成している。

 合法化が進まないものの、この時期も現実には苦しむ患者を見かねて、自らの判断で「安楽死」の措置を取る家族や医師はいた。

 家族による幇助では、2008年頃、ALS患者が配偶者にモルヒネの過剰投与を依頼し死亡した事件が発生。配偶者は殺人罪に問われたが、裁判では「同情的な動機」が考慮され、軽い刑にとどまった。この事件が大きく報道され、以降、安楽死合法化の是非が議論されるようになった。

 2019年には、重病の筋痛性脳脊髄炎を患う妻に致死量のモルヒネを投与したとして、62歳の男性が過失致死罪で懲役1年6カ月の判決を受けている。弁護側は、妻は耐え難い苦しみから、自ら命を絶ちたいと強く望んでおり、夫は妻の再三の懇願に従ったと主張した。最終的に、そうした事情と男性の動機が考慮され、刑期は懲役1年に減刑となった。

 医師による幇助では、2020年、重いALSを患う60代の男性に対し、引退した医師が致死量の睡眠薬を供与し、男性が自ら服用して亡くなる事件があった。男性は、病気により麻痺が進み、自力での呼吸も困難になっていた。当初は、合法的に安楽死が認められているスイスのクリニックに行く予定だったが、コロナ禍のため渡航できなくなった。

 国際保健学の名誉教授であり、安楽死推進団体「尊厳ある死の権利」会長でもあるスタファン・ベリストロム医師(77歳)が、男性の苦しみを見かねて助けることを申し出、致死量の睡眠薬を準備した。男性は片手がまだ動いたため、用意されたグラスの中の薬を自ら服用し、家族に見守られながら、数分後に自宅で亡くなった。

 ベリストロム医師の主張は、こうだ。