デンマークの手法をどこまで真似るべきか?
──イギリスは単純にデンマークの手法を真似できるのでしょうか。
ペース:移民を不当な強制送還から守る仕組みの一つが欧州人権条約(ECHR)です。英国とデンマークはECHRに署名していますが、イギリスの右派政党である改革党は、政権を取ったらECHRから離脱すると表明しています。
一方、マムード英内相は、移民裁判におけるECHRの解釈を変更しようと考えています。イギリスに親や子などの家族がいる場合にのみ、強制送還を言い渡されても「家族生活の権利が侵害されている」と主張できるようにしたいのです。
──イギリスがデンマークを真似しないほうがいい決定的な理由は何ですか?
ペース:イギリスに押し寄せる不法移民は難民申請をしたい人々です。イギリスは国連難民条約やECHRに加盟しているので、難民を保護する義務があります。デンマークは難民をこれ以上引き受けたくないと表明していますが、イギリスは難民を受け入れたくないなどとは表明していないのです。ここが大きな違いです。
加えて、イギリスにしてもデンマークにしても、移民の受け入れ方に深刻な人種差別が見られることが大きな問題です。実は、イギリスもデンマークも、ウクライナ戦争が始まってから数多くのウクライナ人を難民として受け入れています。ウクライナからの難民は、その他の東南アジアや中東の国々からの難民の扱いと比べると別格です。
──白人ならば受け入れるという本音が見えると。
ペース:その通りです。これは政府の姿勢だけではありません。たとえば、ウクライナ難民の場合、自分たちの家で引き取って受け入れる一般家庭がデンマークにもあります。しかし、同じことを中東からの難民にするかといったら、しないのです。非常に単純な人種差別があります。
──デンマークの移民・難民政策において、これだけ法改正があると、移民や難民の生活が不安定なものになるなど、さまざまな問題が発生するのではありませんか?
ペース:調査の過程で、私は数多くのシリアからの移民や難民の人たちから話をうかがいました。彼らは2年ごとに移民局に行き、ステータスなどを報告して滞在許可を更新しなければなりません。私がインタビューしたあるシリア人の女性は、ビザの更新のインタビューで9時間も質問されました。
この女性はジャーナリストで、アサド政権のスキャンダルを暴いて命を狙われたからデンマークに避難してきました。何らかの理由で滞在許可がおりずに強制送還されるようなことがあれば、命を落とす可能性がある。彼女はビザの更新のインタビューのたびに、大きな不安を覚えると言っていました。
加えて、デンマークとシリアの間には国交がないので、滞在許可が下りなければ拘置所(detention center)に送られます。アムネスティ・インターナショナルも調査して問題を認めていますが、デンマークの拘置所の中はひどい生活環境です。
ただ、シリアと国交がないので送り返すことができず、そこに拘留し続けるしかありません。だから、人権団体がボランティア的に面倒を見て、足りないものを補うという状況です。耐えられない者は、こっそりデンマークを出て、不法移民として他の国に入り、また難民申請をするしかないのです。
ミシェル・ペース(Michelle Pace)
ロスキレ大学社会・グローバリゼーション学部の特別責任教授
英バーミンガム大学名誉教授(政治学・国際関係学)
主な研究分野は、欧州連合(EU)の対外関係、特に中東・北アフリカ(MENA)地域との関係、アイデンティティ政治、MENA地域における民主化の認識、アラブ「蜂起」以降のこの地域における公共圏の発展、中東、エジプト、パレスチナにおける脱民主化、ガバナンスと多元主義など。デンマーク・アラブ・パートナーシップ・プログラムに関する研究を指導するデンマークの対パレスチナ政策の学術的評価者でもある。学術誌『Mediterranean Politics』の共同編集者。英国国際学会(IBIS)の国際地中海研究ワーキンググループ(2013年まで)と、EUと中東における民主主義促進活動に関する研究グループ(2008年から現在)の創設者兼コーディネーターを務めた。1983年から2019年までの36年間で100回以上改正されてきたデンマークの外国人法における、入国、居住、そして追放に関する法律を辿る『Un-welcome to Denmark』を2025年12月に発表。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。