渡辺氏が「主筆」にこだわった理由

安井:とても大きな意味を持つとの評価が聞かれます。

 ジャーナリズムにおいては、事象を客観的に報じる「報道」と、特定の主張や立場から物事を論じる「評論」は分けるべきだという考え方が重要視されてきました。提言報道は、報道と評論の垣根を取り払ってしまう懸念があるという意見もありました。

 提言の内容に沿う形で事象が取捨選択されて紙面づくりの方向性が規定されることを「メディアフレーム」として分析する研究もあります。

 こうした懸念の声に対して、渡辺さんは、事実はあくまで客観的に伝えた上で、新聞があるべき方向について提言をすることはむしろ必要なことで、ジャーナリズムの重要な役割だと述べています。「力があるのだから、その力を使っていい方向へ持っていくことの何が悪い」とインタビューでおっしゃっていました。

──渡辺さんが、読売新聞社の「主筆」という役職にこだわったことについて書かれています。

安井:渡辺さんはインタビューでも、この主筆という役職を「天職」だとおっしゃっていました。読売新聞の規定では主筆という役職は「筆政を掌る」と短く規定されていますが、新聞の論調や紙面作成の方針、そして社論を決める最高責任者とされています。渡辺さんが提言報道や憲法改正試案を主導したのも、まさにこの主筆という職制に基づいてのことでした。

 渡辺さんが専務取締役論説委員長を兼任する主筆に就いたのは1985年ですので、40年近く主筆の座にありました。渡辺さんは「自分は死ぬまで主筆である」「社長を辞めても主筆は手放さない」とおっしゃっていて、本当にその通りに、亡くなるまで主筆を続けました。

 戦争体験を原体験として持ち、哲学を愛する理想主義者の面と、怜悧な現実主義者の面を併せ持ち、現実政治に強く働きかけていた渡辺さんの生涯は戦後80年、昭和100年を迎えた今、私たちに大きな示唆を投げかけていると感じます。

安井 浩一郎(やすい・こういちろう)
NHK大阪放送局 報道番組チーフ・プロデューサー
1980年埼玉県生まれ。2004年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、NHK入局。仙台局報道番組、報道局政治番組、報道局社会番組部、放送総局大型企画開発センターのディレクター、報道局政治番組チーフ・プロデューサーを経て、2025年より現所属。戦後史や政治分野を中心に、主にNHKスペシャルなどの報道番組を制作。2022年度の拓殖大学客員教授も務めた。

長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。