モラル教育促進のために必要な人材育成
江戸期の子供たちはこうしたモラル教育を家庭や学校で熱心に学んでいた。科学技術や数学を学ぶ機会は現在ほど多くなかったが、人格形成教育には力点が置かれていた。
その時に代表的な教科書の一つとして使われていたのは「大学」である。
江戸期の多くの子供たちはこの「大学」を暗記しており、何か困ったことに直面すれば、その教えに立ち戻って自分の考えを整理し、対応する能力を身に着けていた。
その冒頭に示されている教育の目的は「明徳を明らかにする」ことである。明徳とは立派なモラル、人格であり、それを明らかにするということは誰の目にも明らかなようにしっかりと身に着けるということである。
つまり勉強の目的は立派な人格を備えた人間になることであるということを最優先で学ぶのが江戸期の子供たちの勉強の出発点だった。
少しだけ「大学」の冒頭部分に続く中身を紹介しよう。
常に徳(信頼される人格)を備えた立派な人物になる努力を怠らないようにすれば、志が定まる。そうなれば、心から雑念が消えて心が静まる。心が静まれば、心にゆとりができる。心にゆとりができれば、正しい判断を下すことができるようになり、その結果として、自分の目指す目標を達成できるようになる、と説かれている。
すべての出発点は、常にみんなのためになることを心がける人格を身に着けることにあり、そこから始めれば自然に大きな成果が得られることになるということである。
自分の名誉、報酬のために研究してもいい結果は得られない。
みんなのためになることを常に考え、みんなの応援に感謝しながら、私利私欲を超越して無心で研究することがイノベーションを生み出すような立派な人間になるための大切な条件であると教えている。
これは大谷翔平選手の野球に対する姿勢、ノーベル賞を受賞する研究者が科学研究に取り組む姿勢、渋沢栄一、豊田佐吉、松下幸之助といった名経営者の経営姿勢にも共通する点である。
以上から明らかなように、イノベーションを促進する教育を実現するには幼稚園、小中学校から大学、企業に至るまで、各自の得意分野の能力を見つけ、それをみんなのために活用し、それを長期的に支える人格形成教育が不可欠である。
そのためには人格形成教育の普及に必要な教師の人材を充実させることが必要である。
今の幼稚園、小中高校、大学にはそれが欠如している。イノベーション促進のためには至急人格形成教育を指導できる人材を確保することが重要である。
人格形成教育は、頭の中だけで理解しても修得したことにはならない。
家庭や学校で修得したことを実生活の中で実践し、その実践を通じて自分自身の内面の動きを反省することが重要である。このような実践と内省を長期に継続して少しずつ人格が形成されていく。
そのためには、学校教育の中でモラル教育を充実させ、実践行動を通じた人格形成のカリキュラムを組み入れることが必要である。
学校内の様々な出来事や学外での社会奉仕活動等を通じて、子供たちが本来実践すべきだったことができていないことに関する内省を作文に書かせる、あるいはクラスの中で発表させる。
以上のような教育の改善を通じて人格形成教育を充実させ、イノベーションの増大、社会の安定を促すことを政府が早急に実施することを期待したい。