結果的に、浸水深は最も深い地点で、山王で1.3m、宮内では1m、諏訪では2m、二子で25cm、宇奈根で95cmとなったと検証報告書に記録されている。川から水と共に、土砂が町に流入した。

 山王樋管から溢れた泥水で自宅が被災した川田操さんも「車道の土砂は行政がすぐに片づけたが、歩道や家々から掻き出された土砂は、水害から1カ月しても歩道に残されていた」と述べる。

自宅が被災し、原告となった川田操さんが2019年11月11日に上丸子山王町で撮影・提供

 5つの樋管で唯一、川崎市が、夜半にゲートを閉めようとしたのが、最も被害が広範囲にわたった山王樋管だ。

 10月12日、水害当時、武蔵小杉駅周辺のタワーマンションで、地下に置いてあった電気設備が水没し、夜中に道路で泳げるほどに浸水したことが大きく報道された地域だ。ゲートが閉るまでに、多くの時間が無駄に過ぎていた。

•    15:45 マンホールからの溢水確認
•    19:15 川の水位が測定不能に
•    22:27 ゲートを下ろす判断(溢水から約7時間後)
•    22:52 ゲート閉鎖開始(判断から30分後)

 ところが、ゲートは閉まらなかった。川からの逆流で異物が挟まり、上げ下げを7回繰り返して、異物が取れて閉まったのが、翌朝10時50分だった。溢水確認から、20時間後だ。

 市管路保全課長は、「もっと早い時間にゲートを下ろしていれば、被害が少なく済んだというシミュレーション結果が出ている。しかし、他(の樋管)は、閉めると、町に降った雨の流れ先がなくなるので、浸水被害は同じだという結果が出た」と述べた。

「住宅街で少しでも空いたスペースがあると、そこが被災ごみ置き場になりました」(川崎原告団長)と当時の写真と比較してくれた(2025年10月30日筆者撮影)

被害を過小評価する市側のシミュレーション

 少なくとも、山王樋管のゲート操作については非を認めているように聞こえた。掲載されているという検証報告書でシミュレーション結果を確認すると、それは、「ゲートが22時52分に閉まったら」という想定でのシミュレーションだった。

 実際には、先述した通り、遅くともその7時間前の15時45分にはマンホールからの溢水が始まり、ゲートが閉鎖できたのは、翌日10時50分だった。洪水がひどく過小評価になるシミュレーションだ。

 ほか4つの樋管でも、被害が過小評価される仮定が置かれていた(下表)。

 例えば、実際の水害で、宮内樋管では16時35分に多摩川の水位が8.7mの時に溢水。22時半に最高水位10.81mに達してもゲートは開いたままで、被害は拡大した。他3つの樋管でも同様だ。

 片や、川崎市のシミュレーションでは、5地点の川の最高水位は実際より1m以上も浅い9.07mで、時刻は実際の22時半より3時間半早い19時だったと仮定していた。

「令和元年東日本台風による排水樋管周辺地域及び河川関係の浸水に関する検証報告書」(川崎市、2020年10月30日)の「浸水シミュレーションによる検証」より筆者作成

 実際より洪水の水位を低く、短時間にしてシミュレーションすれば、当然、被害の規模は過小評価になる。