「総合的判断」の実態
少なくとも総合的判断情報の1つが判断に使われなかったことは、筆者の取材でも裏付けることができた。
小河内ダムの放流についてである。樋管ゲートの操作手順では、小河内ダムの放流情報は、ダムを管理する東京都の管理事務所から、川崎市の危機管理室などを経由して、樋管を管理する中部下水道事務所に伝わる。そして放流情報を他の情報と合わせてゲートの開閉を総合的に判断することになっている。
管路保全課長によれば、中部下水道事務所は情報を受け取ったが、「ダムの放流によって川崎市付近でどれぐらい水位が上がるかは、わかっていなかった。結果的に、総合的な判断の中で重要視されなかった」と述べた。
「重要視」とは曖昧な言い方だ。「判断にいれなかったということですね」と念を押すと「そういうことになる」と認めた。
総合的に判断した結果、ゲートを閉める判断をしなかったのではなく、あった情報を判断材料として使わずに、ゲートを開け放しにしていたのだ。
先述したように川崎市の操作手順としては「大雨が降ってゲートを閉めると、(町に降った雨の)流れ先がなくなる。大雨が降る恐れがある時はゲートを解放しておく」というやり方しか、実践されていなかったのだ。
対応に問題はなかったという川崎市、その後、操作手順を変更しゲートを改良
「操作通りに行った」、「早く閉めていても被害は同じだった」と主張している一方、川崎市は、その操作手順を変更し、ゲートの改良工事を2020年7月に終わらせた。
水害当時、ゲートは手動操作のみ。改良工事で流向計と流速計をつけ、遠隔で流れの向きを認識し、ゲート操作を遠隔でも手動でもできるようにした。さらに、町側に貯まる水を川へ汲み出す移動式ポンプを1台から5台に増やした。ソフト面、ハード面の対策を増やした。
改良工事済みの山王ゲート。堤防の下を樋管が通り、住宅街の地盤の高いところから、川へと自然排水される仕組みだ(2025年10月30日筆者撮影)
実は、この水害には、もう一者、責任者がいる。河川管理者である国土交通省関東地方整備局の京浜河川事務所である。川崎市の操作手順には、「河川管理者からゲート操作の指示があった場合は、その指示により操作を行う」とも書かれていた。
ところが、管路保全課長によれば、多摩川の河川管理者である国土交通省からの指示はなかった。当時、多摩川流域の複数の観測所で過去最大の雨量を観測していたのに、流域住民の安全は、自治体に任せきりだった。