1.ルーマニア大統領選挙の顛末

 以下、関連事象を時系列に沿って述べる。

(1)2024年11月24日、ルーマニア大統領選挙第1回投票:

 2024年11月24日、ルーマニア大統領選挙(任期5年・3選禁止)が実施された。

 中央選挙管理委員会が翌25日に発表した最終結果によると、投票者数は946万5257人、投票率は52.55%だった。

 無所属で極右のカリン・ジョルジェスク氏が得票率22.94%でトップ、中道右派のルーマニア救出同盟(USR)候補のエレナ・ラスコーニ氏が19.18%で次点となった。

 両者とも過半数の票を獲得しなかったため、12月8日に決選投票が行われる予定だった。

 今回、最も多く得票したジョルジェスク氏は、国立持続可能開発センターの所長を務めた後、環境省や外務省、国連、民間シンクタンク・ローマクラブなどで要職を務めた経験をもつ。

 動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」を中心に選挙運動を展開し、フォロワーは19万7000人に上る。

 今回の結果について、複数メディアで同氏の過去の極右的人物への支持や反NATO発言が注目され、極右・親ロシア思想であることが危惧されていた。

 事前の世論調査では、連立与党で中道左派の社会民主党(PSD)候補の​現職首相のイオン=マルチェル・チョラク氏が首位、次いで3~5%程度の差で極右ルーマニア統一同盟(AUR)候補のジョルジュ・シミオン氏が追い上げていた。

 このため、選挙前の支持率1%未満でランク外だったジョルジェスク氏や、上位に入っていなかったラスコーニ氏の躍進は衝撃を持って受け止められている。

 ジョルジェスク氏はNATOに批判的で、デベセル基地にあるNATOの地上配備型迎撃ミサイルシステムを「外交の恥」と呼び、ロシアの攻撃を受けた場合にNATOはどの加盟国も守らないと主張していた。

(2)2024年11月28日、第1回投票について票の再集計:

 ルーマニア憲法裁判所(以下、憲法裁判所)は2024年11月28日、24日に行われた大統領選挙の第1回投票について、票の再集計を命じた。

 動画共有アプリ「ティックトック」が、この投票で予想外の首位となったカリン・ジョルジェスク氏に「優遇措置」を与えたとの疑惑を受けた判断であった。

 ティックトックは、極右で親ロシア派の同氏を優遇したとの疑惑を、断固として否定した。

(3)2024年12月4日、ヨハニス大統領、情報文書を機密解除:

 憲法裁判所は、2024年12月2日、第1回投票の結果は有効と判断し、12月8日にジョルジェスク氏と、第1回で2位だった野党の中道右派「ルーマニア救国同盟」のラスコーニ党首の間で決選投票が行われる予定だった。

 ところが、ヨハニス大統領は12月4日、国家防衛最高評議会の情報文書を機密解除した。

 この文書は2016年に「外国国家」によって作成された約800件のティックトックアカウントが2024年11月に突然フル稼働し、ジョルジェスク氏を支持していたことを示唆していた。

 国防最高評議会が公表した諜報機関による機密文書では、大統領選へのロシアの介入が指摘された。

 ロシアの介入は、NATOや米軍の基地を擁しモルドバを巡る直接の競合相手のルーマニアをロシアは敵国(非友好国)と認識し、プロパガンダと偽の情報によって欧州懐疑派の候補者を支援し、反体制運動をあおることで、ウクライナ支持を低下させたり、ルーマニアの社会的不満を拡大させたりする目的があるとした。

 加えて、選挙管理システムへの8万5000件以上のサイバー攻撃も確認されたとしている。

(出典:ジェトロ ビジネス短信「ルーマニア大統領選、ロシア介入やSNS不正操作で憲法裁判所が無効判断」2024年12月10日)

(4)2024年12月6日、憲法裁判所、大統領選挙の第1回投票の結果を無効とする:

 憲法裁判所は2024年12月6日、11月24日に実施された大統領選挙の第1回投票の結果を無効とする判断を下した。

 12月8日に予定されている決選投票を含め、選挙の全プロセスがやり直しとなった。

 憲法裁判所の判例報告によると、選挙では候補者間の機会均等を歪める行為として、テクノロジーによる不正操作や、未申告の資金源からの選挙運動資金の提供、プロパガンダや偽の情報の存在を認めた。

 SNSプラットフォームのアルゴリズムを利用して特定の候補者の露出が増えると、他の候補者の露出が減るような操作も確認され、明らかな不平等もみられた。

 さらに、選挙資金の申告で候補者の1人が「支出ゼロ」と記載したものの、内務省のデータから判明したキャンペーン規模と一致せず、選挙資金の調達で透明性の原則に反するものだとした。

(出典:ジェトロ ビジネス短信「ルーマニア大統領選、ロシア介入やSNS不正操作で憲法裁判所が無効判断」2024年12月10日)

 憲法裁判所の判断から数時間後、ジョルジェスク氏はルーマニアのテレビに対し、同国の民主主義が「攻撃されている」と述べ、この判決を「形式化されたクーデター」だと表現した。

 そのうえで「投票プロセスを進める」とし、大統領選挙に再び立候補する意向を示した。

 選挙やり直し決定を受け、ヨハニス大統領は、12月6日の午後7時に演説を行った。

 ルーマニアは安定した堅実な国家であり、親EUかつNATOの強固な同盟国であり続けると強調した。

 同氏はまた、諜報機関の情報により、国外からの違法な選挙キャンペーンが確認されたことから、国家安全保障上の問題として、11月28日に国防最高評議会の緊急会議を招集したと説明した。