自然選択によって最適化される投資量

 まるでフン虫自身が最適投資量を知っているかような実験結果だが、彼らはもちろんそんなことを知っているわけではない。自然選択がそのようにうまく投資する個体を選んできたのである。言い換えれば、資源の質に応じて投資量を調節した親から育った子どもたちがより多く生き残ったといえる。自然選択は資源利用効率を極限まで最適化している。

 この論文(Kishi and Nishida 2006)は私が初めて出した論文だが、自然選択の力を強く実感した。近年ではこうした自然選択による最適化原理は、「遺伝的アルゴリズム」として実用化されており、現実のさまざまな最適化問題に応用されている。

 最適投資量の図で見たS字カーブは「ラーニングカーブ(学習曲線)」としてみたことがあるかもしれない。ある時期に学習効果が飛躍的に上がるというものだ。

 私は研究のためにプログラミングを行うが、プログラミングの練習量と熟練度はS字形を描く。この練習量を(自己)投資量とすると、上達度が適応度に相当する。

 プログラミングの練習をしているとあるところからぐんぐん上達するようになり、急におもしろくなってくる。学ぶこと自体が楽しく、充実感を得られるようになる、ちょうどそのポイントが最適(自己)投資量ということになる。将棋でいうと初段くらいというのが私の個人的な考えである。

 さまざまなスキルはこのような段階を踏むが、最適な練習量はそれぞれのスキルに応じてきまり、個人の裕福さはあまり関係しない。最適な投資量のポイントは、あと少しでプラトーに達する、一番快いタイミングだと考えている。

 実は、最適投資量は親にとって最適だが子にとって最適ではない。子からみるともっと投資してほしい。親は投資のS字カーブがプラトーに達する直前、つまり8分目くらいで投資をやめてしまう。

 私たちはえてして親に対して「もっと○○してほしかった」と感じるものだが、親は「もっと○○してあげたかった」という思いと「あとはあなたの人生、自分でなんとかしなさい」という思いの両方を抱えているものだ。投資の最適化という点から見ると、実は普遍的な感情かもしれない。自然選択は残酷である。

【参考文献】
◎Kishi S & Nishida T (2006) Adjustment of parental investment in the dung beetle Onthophagus atripennis (Col., Scarabaeidae). Ethology 112:1239‒1245.
◎Smith CC & Fretwell SD (1974) The optimal balance between size and number of offspring. The American Naturalist 108:499‒506.

岸茂樹(きし・しげき)
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)上級研究員
愛知県出身。2000年東京大学農学部卒業後、京都大学大学院農学研究科で修士号、博士号取得修了。農研機構上級研究員。専門は昆虫生態学で、農業分野の研究に取り組む。著書に『繁殖干渉-理論と実態-(共著、名古屋大学出版会、2018)』『虫がよろこぶ花図鑑(共著、農文協、2025)』などがある。博士号を取得後、2009年から11年まで広告代理店での勤務も経験。趣味は写真。大学院在学中の2004年にテレビ番組「あいのり」にハカセとして出演。