波乱を経てドイツ首相に選出されたメルツ氏。新政権は厳しい船出となった(写真:ロイター/アフロ)

ドイツの政局が前代未聞の混乱状態に陥っている。総選挙で勝利した与党CDU・CSUのメルツ党首が、首相指名選挙の1回目の投票で選出されなかった。背景には、信条に一貫性のないメルツ氏への反発がある。2回目の投票でメルツ氏は首相に選出されたものの、新政権の脆弱な基盤が浮き彫りになった。メルツ氏率いる与党は、当局から過激派に認定されてもなお勢いが衰える気配がない極右政党AfDに支持率で並ばれており、危うい船出となった。

(楠 佳那子:フリー・テレビディレクター)

 欧州の大国ドイツの政局で、異常事態が相次いでいる。2月の総選挙で勝利した与党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のフリードリヒ・メルツ党首(69)は5月6日、連邦議会における首相指名選挙に臨んだ。ところが形式的なものと予測されていた第1回投票で、首相選出に必要な過半数(316)の得票に失敗するという大波乱が起きた。

 ドイツで首相候補が指名選挙で落選する事態は、戦後初とされる。メルツ氏は、連立を組む社会民主党(SPD)との間で得られるはずだった328票のうち310票しか得られなかった。つまり両党もしくはいずれかの党で、18人もの議員が造反したことになる。

 メルツ氏は就任すらしないうちに、身内から泥を塗られたに等しい。

 結局、同日午後に行われた2回目の投票でメルツ氏が首相に選出されたが、新政権にとって手厳しい船出となったことは間違いない。ドイツの政局は昨秋、ショルツ前政権の崩壊以来行き詰まりを見せてきた。ようやく国の顔が決まるはずだったその日にこの展開は、新政権には痛手だろう。

 国の一大事とも言えるこの出来事に、高笑いの衝動を覚えただろう人物がいる。最大野党で極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のアリス・ヴァイデル共同党首(46)だ。第1回投票の結果を受け、メルツ氏の退任と総選挙実施を呼びかけた。

 AfDには特にこの時期、与党の失態を歓迎すべき理由がいくつかある。一つは、この数年勢いを増してきたAfDへの支持率が2月の総選挙以来上昇し、最新の世論調査ではCDU・CSUと拮抗していること。仮にメルツ氏が何度も指名選挙に落選し総選挙が実施されたなら、AfDは更に議席を伸ばしたり、ナチス以来の極右政党として勝利したりする事態すら起きたかもしれない。

 そしてもう一つはAfDが先週、公安組織である独連邦憲法擁護庁(BfV)によって正式に「人間の尊厳を無視した過激派」と認定されたことにある。