
移民・関税執行局(ICE)の横暴により、米国で暮らす移民が恐怖におののいている。誘拐犯のように突然拘束し施設に収容。不法移民対策を強化するトランプ政権下でやりたい放題の状況で、ナチスのゲシュタポのようだと暴走を懸念する声もある。いったい、何が起きているのか。
(楠 佳那子:フリー・テレビディレクター)
5月9日、ルイジアナ州の刑務所に収監されていたトルコ人留学生(30)が釈放された。米東部マサチューセッツ州の路上で3月下旬、突然覆面をした複数の私服捜査官に拘束され、収監されていたが、担当した連邦地裁判事が釈放を命じた。
6週間以上にもわたり収監されていたこの女性の名はルメイサ・オズトゥルクさん。オズトゥルクさんが拘束された瞬間は、監視カメラの映像に記録されていた。夕方とはいえまだ明るい中、携帯を手に歩いていたオズトゥルクさんがいきなり6人もの捜査官に取り囲まれ、携帯やリュックサックを取り上げられて後ろ手に手錠をかけられる様子が確認できる。
女性の、しかも無抵抗だったオズトゥルクさんが恐怖で叫び声を上げる姿は、あまりに衝撃的だ。
動画の音声からは、周辺でこの場面を録画していたと見られる市民が「これは誘拐なのか」と問う声が聞こえる。捜査官が「警察だ」と答えると、録画していた男性は更に「(警察には)見えないぞ。なぜ顔を隠しているのだ」と追及するが、覆面捜査官らはそれには応えることなくオズトゥルクさんを連れ去っている。
この男性が怪訝に思った通り、捜査官らは警察ではない。米自由人権協会(ACLU)の声明によれば、オズトゥルクさんを拘束したのは国土安全保障省(DHS)が管轄する移民・関税執行局(ICE)の捜査官だ。移民当局が堂々と身分を偽って市民を連れ去る様は、まさにかどわかし(誘拐)のようだ。
拘束時オズトゥルクさん本人にさえ知らされてはいなかったが、実は彼女の学生ビザはこの3日前すでに取り消されていた。ルビオ国務長官は数日後、オズトゥルクさんのビザ取り消しを認めた。
政権側は、ガザ地区へのイスラエルの攻撃に批判的な彼女の姿勢が問題だと主張している。ルビオ氏はさらに、昨年全米各地で起きた破壊行動を含む抗議活動に参加するような学生や、ハマスなどのテロ組織を支援する者へのビザを取り消すとも発言した。
ところが、オズトゥルクさんは政権側が示唆するような破壊活動に参加しておらず、ハマスの支援もしていなかった。問題とされたのは、昨年3月に彼女が他の3人と共に共同執筆した大学新聞での寄稿だ。この中で、オズトゥルクさんらはパレスチナで続く虐殺行為に抗議するため、大学側にイスラエル関連企業への投資をやめるよう求めていた。
政権側はこの寄稿以外に、オズトゥルクさんが暴力行為に関与し、またそれを扇動したという証拠を提示していない。そもそもこの寄稿が暴力の煽動行為であるとは全く読み取れない。オズトゥルクさんの釈放を命じた担当判事は、(例え外国人居住者であっても)米国憲法修正第1条に基づく言論の自由と適正手続きの権利が侵害されたというオズトゥルクさん側の主張に同意している。
移民当局によるオズトゥルクさん拘束について、マサチューセッツ州下院議員のセス・モールトン氏(民主党)は4月7日「まるでゲシュタポの所業のようだ」と発言した。