CoVFitを用いたウイルス進化の予測
伊東:繰り返しにはなりますが、私たちはウイルスの実効再生産数を推計して、既に観測されている変異株の中で、どれが次に流行するのかを予測してきました。
ウイルスの適応度は、ウイルスが持っているゲノム配列の変異パターンによって決まります。ですので、ウイルスのゲノム情報に基づいて、特定の変異株の適応度を予測できるのではないかと考えました。
そこで、私たちはCoVFit(コヴフィット)という、ウイルスの適応度を予測するAIを開発しました。CoVFitは、新型コロナウイルスの様々な変異株のスパイクタンパク質(※)の配列の変異に基づき、変異株間の相対的な実効再生産数を予測するものです。
※ウイルス表面にある突起状の構造で、ヒトの細胞に取りつき侵入するための鍵のような役割を果たす。新型コロナウイルスではこの部分が免疫の標的となるため、変異が生じやすく、感染力やワクチン効果に大きな影響を及ぼす。
実効再生産数を予測することで、ウイルスの進化のメカニズムを理解できます。加えて、「こういう変異を獲得すると実効再生産数がこのくらい上がる」ということも推定可能になります。
CoVFitでウイルスゲノム疫学調査のデータベースを監視することで、適応度の高い次期流行株の出現をより早期に検出することが可能です。「このスパイクタンパク質配列を持つ変異株は実効再生産数が高いので、かなり流行するだろう」というところまで言えるようになることが理想です。
新型コロナウイルスなどは、適応度を上げる方向に、流行を拡大させる方向に、あるいは宿主の免疫から逃れるように進化していきます。そのため、ウイルスが次にどのような変異を獲得して適応度を上昇させるかということを予測すれば、自ずとウイルスの進化を予測できます。それがCoVFitを用いたウイルス進化の予測です。(続く)
伊東 潤平(いとう・じゅんぺい)
東京大学医科学研究所感染・免疫部門システムウイルス学分野准教授
2015年 山口大学農学部獣医学科卒業。2018年 総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻博士課程修了(理学博士)。京都大学ウイルス・再生医科学研究所特定研究員、東京大学医科学研究所感染・免疫部門 システムウイルス学分野助教などを経て、2024年より現職。令和6年度 文部科学大臣表彰若手科学者賞。
関 瑶子(せき・ようこ)
早稲田大学大学院創造理工学研究科修士課程修了。素材メーカーの研究開発部門・営業企画部門、市場調査会社、外資系コンサルティング会社を経て独立。YouTubeチャンネル「著者が語る」の運営に参画中。