映画に描かれたバチカンの諸問題
フランシスコ教皇の死後、にわかに再び注目された作品は、その名も「教皇選挙(原題「Conclave」)」だ。今年のアカデミー賞脚色賞を受賞し、教皇の死が伝えられた当日、ネット配信が283%も増加したとされる。
舞台は題名通りコンクラーベだが、英インディペンデント紙は、選挙に関わる一切が秘密のため事実と異なる部分もあるものの、できる限り忠実に再現されていると評した。フィクションでありながら、バチカンの抱えてきた諸問題や、まさしく保守とリベラルの対決、そして密室の中でうごめく枢機卿たちの、聖職者でありながら人間らしい思惑や葛藤が生々しく描かれている。
ラストには衝撃の展開が用意されているが、その顛末に繋がる作中のセリフが印象的だ。
選挙を仕切ることになった枢機卿が「神が教会に与えた賜物は多様性である」「人々や見解の多様性こそが、私たちの教会に力を与えている」と語る。その上で(英語版で見たので、日本語字幕でどう訳されているかは不明だが)この枢機卿が最も恐れる罪が「確実性(certainty)」だと続く。
この件(くだり)を要約すると、もしも信仰に確実性しかなく迷いがないのであれば、信仰の必然性はなくなる、ということだろう。つまり、ある一つの在り方のみが絶対で、それ以外を排除する姿勢を「罪」とする位置付けかと推察する。
終盤のクライマックスで、ある枢機卿が「教会とは伝統ではない。過去ではない。教会とは、私たちのこれからの営みだ」と諭す場面もある。
伝統を重んじることを全て否定する必要はないだろう。ただ、時間は未来にのみ進んでいる。時代に応じた社会の変遷に即した柔軟性が、次の教皇にも望まれるのではないだろうか。
楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。