おわりに

 民間のメッセンジャーアプリを使用して情報を共有することは、公共の場で友人と会話しているのと同じである。

 多くの機密情報は会話の中から漏れるのである。

 その一例として、「ゾルゲ諜報」について紹介する。

 独ソ戦勃発の翌日の1941年6月23日、日本で諜報活動をしていたゾルゲに対し、「ドイツの対ソビエト戦争に関して、日本政府の立場についての情報を報告せよ」との緊急指令が発せられた。

 ゾルゲは、緊急指令を受けてから3か月の諜報活動の結果、同年9月14日、「日本の対ソ攻撃は問題外」という電報を送った。

 ソ連は、極東に配備していたソ連軍20個師団を9月中に極東からモスクワに移動した。

 この極東軍の対ドイツ線への移動は、ソ連軍に独ソ戦での勝利をもたらす大きな要因になったといわれている。

 日本の防諜組織がゾルゲを逮捕したのは電報発信4日後の18日であった。

 では、ゾルゲはどのようにして国家最高機密に関する情報を入手していたのであろうか。

 ゾルゲは、在日ドイツ大使とゾルゲ諜報グループの成員であった尾崎秀美から御前会議の決議事項に関する情報を得ていた。

 特に、上記電報の判断の基となる情報を、尾崎は近衛首相の側近の西園寺公一から聞き出した。

 最後に、諜報活動とは「機密」と標記された秘密文書を金庫の中から盗み出すことだけではない。

 多くの機密情報は日常の会話の中から漏れることを銘記すべきである。