普通の会社員は物価上昇に負ける、管理職を目指すか転職か

藤井:私は、従業員の大多数を占める「ふつうの会社員」に、非常に関心があります。昨今は、優秀な人材、経営人材さらに若手人材などに焦点を当てた人事施策が重視されがちですが、実際にはそれ以外の8〜9割を占めるふつうの会社員が、経営戦略を実行していくうえで非常に重要なポイントになると思います。

 初任給アップやベアの配分でも取り残されている層ですが、さらに制度昇給がダメ押しするのではないかと危惧しています。例えば、S・A・B・Cという評価の中で真ん中のB成績は、それなりに目標を達成し、期待に応えてくれているという評価です。そうした人たちが多数いるからこそ企業は成り立つわけです。

 そうしたB成績の人たちに対して、定昇ゼロの企業も珍しくありません。

 物価上昇がほとんどなかった時代であれば、定昇がなくてもすでに仕事にふさわしい給与を支払っているのでそれで問題ないという考え方もできますが、物価上昇が目立つ時代では話は別です。

 B成績で定昇ゼロであれば、なおさらベアの原資と配分が重要です。

 また、物価上昇をカバーしうるベア原資があったとしても、若手人材に重点配分されてしまうと、B成績の人たちは実質賃金が目減りしてしまうことになります。

——「B成績」を取るような標準的な層は物価上昇に負けてしまうと。

藤井:その通りです。会社側もその影響を注視する必要があります。B成績の人は定昇ゼロで、ベアの配分も少ないということになれば、モチベーションダウンや離職のリスクが高くなるはずです。会社を支えるマジョリティが離れていくと考えると、制度昇給のあり方やベア施策を考え直すべきです。

 一方で、まずは、普通の会社員個人も自分たちが置かれている状況を正しく認識する必要があります。誤解を恐れずにズバッと言ってしまうと、会社は将来の仕事を担ってくれる人材の確保については心配しますが、あなたの将来を心配しているわけではありません。「選び・選ばれる関係」であることを考えると、まずはお互いに状況を正しく認識することが出発点です。

——普通の会社員が生き抜いていくにはどうしたらいいでしょうか。

藤井:自社で給与を上げるという意味では、まずは管理職を目指すのがシンプルな選択肢です。「ジョブ型」になれば、仕事は厳しくなりますが、管理職にはそれ相応の給与が支払われる方向性です。

 または、狭き門ではありますが、高度専門職を目指すことです。管理職であっても、いずれポストオフがあることを考えると高度な専門性は欠かせません。

 あとは転職です。ほとんどの職種では、どこの会社でも給与が同じということにはなりません。同じような仕事であっても、企業の規模や業種によって給与格差が大きいのが実態です。

 このほかにも、副業や投資という考え方もあるでしょうし、いずれにせよ、まずは自分の置かれている環境を正確に認識したうえで、方向を定めることが大切でしょう。

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藤井 薫(ふじい・かおる)パーソル総合研究所 上席主任研究員 電機メーカーの人事部・経営企画部を経て、総合コンサルティングファームにて20年にわたり人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。その後、タレントマネジメントシステム開発ベンダーに転じ、取締役としてタレントマネジメントシステム事業を統括するとともに傘下のコンサルティング会社の代表を務める。2017年8月パーソル総合研究所に入社、タレントマネジメント事業本部を経て2020年4月より現職。著書に『ジョブ型人事の道しるべ』(中央公論新社)、『人事ガチャの秘密』(中央公論新社)