最後に聞いてみた。費用便益を計算するマニュアル案が、河川の整備計画を立てることに使われることはあるのか。すると、「あくまで、ある事業をやるかやらないか、それによって、どれだけの被害が軽減できるかを示したものです。どこからどの順番で(工事を)やるというものではない」(河川計画課)。
しつこく念を押すと、「堤防の改修の手順とはまったく無関係です」と断言した。
治水経済調査マニュアル案は「裁判所向け」の二枚舌
裁判中の主張と、治水課や河川計画課のマニュアル案担当者の見解が、まったく違うことについて、片倉さんは、「要するに、『スライドダウン評価』とは無関係な順番で、工事の優先順序は決まる。上流と下流、左岸と右岸、バランスを考えてとか、ケースバイケースで決めるんですね」と呆れた様子だ。
弁護団の只野靖弁護士は、「けしからん二枚舌だ。堤防整備の順番について不合理だと主張したら、国交省は『格別不合理ではないんだ。治水経済調査マニュアルに則っているんだ』と主張してきた。しかし、実際には使っていない。裁判所向けのポーズだったんだ」と苦々しさをにじませた。
片倉さんは、さらに「現実の世界では、利根川水系の32件の堤防決壊の残り1割も、構造物があったところで起きた。堤防高だけで言えば、低いところで決壊したのがほぼ100%です。スライドダウン評価は架空の世界の話でしかありません」と強調する。
2015年、若宮戸と上三坂からの氾濫は、鬼怒川と隣の支流・小貝川に挟まれた低地一帯約40km2に広がった。関連死を含めると死者は15名。8540軒の住宅被害をもたらした。それから10年だ。高裁で国の賠償責任が認められなかったり、認められても減額されたりした被災者には、上告をしたくても高齢や経済的な事情により断念せざるを得なかった原告もいる。

国家賠償法は国も公務員も判断を誤ることを前提に、国民が受けた損害を賠償することを定めている。責任を逃れるために、マニュアル案の使用目的を偽るのは、国民の生命財産を守る河川行政の本来のあり方とは真逆の姿勢だ。
最高裁で被災者を打ち負かそうとする前に、どうすれば、より少ない予算と期間で、国民の生命と財産を守れる河川管理を実現できたのかを検証することこそが、未来に向けて国交省が行うべきことではないか。