改訂されても「案」が取れない不完全マニュアル案
ところで、国交省が工事の優先順序の根拠に使ったスライドダウン評価が記載された「治水経済調査マニュアル(案)」とは何なのか。国交省の裁判資料で、それは「治水経済調査マニュアル」と記載されていたが、実は、その後には(案)がついている。
以後、「マニュアル案」と称するが、これは、公共事業の採択時や再評価を行う際の費用便益計算に利用するものだ。便益を費用で割って1を上回れば事業採択や継続の根拠となる。
便益は、ダムや堤防事業で軽減される被害額等で計算する。その計算は、堤防が決壊するとしたら「被害が最も大きくなる地点において決壊が生じること」にして行う。
つまり、スライドダウン評価を行なって、幅が狭い堤防を低く評価した上で、最も被害が大きくなるところが決壊すると仮定して、被害軽減額を便益として置き換えるマニュアル案だ。
『都市化と水害の戦後史』(成文堂)など数多くの著書を持つ梶原健嗣・愛国学園大学教授によれば、マニュアル案は、1970年4月に建設省(当時)が策定した「治水経済調査要綱」を1999年に改訂してできた。何度か改訂されたが、いまだに「(案)が付き続けている」という。
梶原教授は、マニュアル案について、「不確かな仮定の上にできている。堤防の『高さ』と『幅』と『構成材料』の話を、『高さ』一つの話にまとめようとしているので無理がある」と論評する。
住民を守らず、洪水調整による便益を何倍にもできる計算法
「マニュアル案は、便益を何倍にも計算できるように作られたものではないか」と言うのは片倉さんだ。鬼怒川上流に2012年に完成した湯西川ダムの費用便益計算をその例に挙げる。
「国交省は、2015年水害直後に、鬼怒川上流の4ダムで上三坂の水位を25cm程度下げたと自慢しました。一番新しい湯西川ダムの総費用は1531億円。これに対して、マニュアル案の計算では、洪水調節による便益は5749億円で総便益6575億円の大半でした」と片倉さん。その結果、費用便益効果は「4.3」と「1」を大幅に上回っていた。