なぜ中国映画を見ると中華料理が食べたくなるのか?

 筆者一行は、本作の上映後にハンバーガーとビールで映画の感想などを話す予定だった。しかし、上映後には「今日はバーガーじゃない、チャイニーズだ」という意見で一致し、映画に登場した麻婆豆腐や回鍋肉、スパイシー・チキンなどを囲むことになった。

 そこで議題になったのは、「なぜBlue Sun Palaceは我々にバーガーを禁じ、麻婆豆腐へと向かわせたのか」と「なぜ中国映画を見ると、中華料理を食べたくなるのか?」だった。

 同じアジア圏の映画を考えてみると、是枝裕和の湯気立ち上る繊細な家庭料理を見ても、ホン・サンスのキムチと韓国焼酎で楽しく泥酔するシーンを見ても、鑑賞後に、それをそのまま食べたいとはならない。

 その一方、ウォン・カーウァイの路地裏の屋台で買う金属製の容器に入った麺や、チャン・イーモウの窓格子から漏れる光に照らされるキノコ餃子、あるいはホウ・シャオシェンの二日酔い明けに食べる即席麺のように、中国映画には強力な胃袋刺激成分が含まれていることが多い。

 これが中国映画の伝統技術なのか、中華料理に必須の調味料MSGがスクリーンを突き破って伝わってくるのかは不明だが、その伝統は本作にも受け継がれていた。

 本作はニューヨークを舞台にしながら「人種の坩堝・ニューヨーク」のようなクリシェに陥ることなく、ニューヨークのフラッシングに住む中国人たちの物語を誠実に描く。また映画のアート性でも、少ないカット割りや抑制的な演出、そして食べたくなる料理を描くなど、徹底して中国映画の伝統に則っている。

 アメリカを舞台にしながら、アメリカ映画のクリシェに陥ることなく、中国系アメリカ人の物語に新たな形で焦点をあわせる本作によって、21世紀のアメリカ映画のサブジャンル、フラッシング映画が誕生したのだ。

(Nour Films)

元吉烈(もとよし・れつ)
映像作家・フォトグラファー
米ニューヨークを拠点に主にドキュメンタリー分野の映像を制作。監督・脚本をした短編劇映画は欧米の映画祭で上映されたほか、大阪・飛田新地にある元遊廓の廃屋を撮影した写真集『ある遊郭の記憶』を上梓。物価高騰のなか$20以下で美味しく食べられる店を探すのが最近の趣味で、映画館のポップコーンはリーガル・シネマ派。