映画序盤にあふれる中国・巨匠監督の香り
物語は中年カップルが食堂のようなチャイニーズ・レストランで夕食をともにしているシーンから始まる。
どうやら初めてのデートであるらしい二人は、スパイシー・チキン(揚げた鶏モモ肉にピリ辛のソースをかけたもの)の辛さを巡ってキャッキャしたり、食後に移動したカラオケでフェイ・ウォンの歌をデュエットしたりと、楽しい時間を過ごす。
ワンカットで撮られたこのシーンに登場するのは、リー・カンションとシュー・ハイペン。リー・カンションと言えば、台湾映画の巨匠、ツァイ・ミンリャン作品の常連俳優として知られるが、本作では、天井からの雨漏り、マッサージ、男性の肌など、まるでカンションに連れられてきたように、ツァイ・ミンリャン的な意匠がいくつも登場する。
こちらも中国系カナダ人のノーム・リーによる16mmフィルムを使った柔らかく美しい光と、色のレイヤーを駆使した撮影は、ツァイ・ミンリャンだけでなく、ホウ・シャオシェンやジャ・ジャンクー、エドワード・ヤンなどの中国語圏の巨匠監督たちの香りで画面を満たしていく。
マッサージ店で疑似家族のように暮らしている女性従業員たちは、その誰しもが、この土地での生活に満足しているようではない。ただ、彼女たちがともに食事し、はしゃぐ姿には、ニューヨークのせわしなさから少し離れた多幸感にあふれている。映画序盤は、上記の巨匠監督たちの最良の一瞬が甦るようで素晴らしい。
そんな彼女たちの物語は、フラッシングが喧噪に包まれる旧正月の日に起こるある悲劇を契機に、変わり始める。マッサージ店の地下が雨漏りし始め、幸せな箱庭だった安定した世界が次第に、その外側に開かれていくことになる。
