アインシュタインが感じた量子力学への疑問
──なにか観測の方法に問題があるのでしょうか……。
大澤:そんなことはありません。どんなに巧みに観測しても同じことになります。
オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーが、1926年に定式化した波動方程式(シュレーディンガー方程式)というものがあります。これは、波としての性質を記述する方程式です。
波動方程式とは、ある質量を持った粒が、ある瞬間に、そこで見つかる確率を明らかにすると解釈できるという考え方です。ただ、その「確率」というもののあり方が、量子力学では普通の物理現象とはかなり違うのです。
たとえば、長野さんは毎週火曜日にカレーかラーメンを食べるとしましょう。来週の火曜日に、カレーの可能性が50%、ラーメンの可能性が50%。ただその日が来て、どちらかを食べてしまえば、もう片方は存在しません。カレーかラーメンかの、どちらかしかない。
物理的には、長野さんがカレーを食べている状態か、ラーメンを食べている状態かのどちらかしか存在しません。
ところが、量子力学の場合は二者択一ではありません。波になるということは、ここに粒がある確率50%とあそこに粒にある確率50%が、ある意味でどちらも物理的な存在感を発揮している、ということになります。「ここか、あそこか」ではなく、「ここでもあり、あそこでもある」ということです。
それなのに、観測すると存在が限定されてしまい、「ここか、あそこか」のどちらかになってしまう。このように存在が限定されることを「波動関数の収縮」「波動関数の崩壊」と言います。これをどう解釈するのかが最重要課題です。
量子力学のパラドックスをよく示している現象に「EPR相関」があります。「EPR」は関係者の頭文字で「アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックス」が正式な名称です。ポドルスキーとローゼンはアインシュタインの弟子です。
「EPR相関」を理解するためには、この本のテーマでもある「もつれ」という言葉の意味を理解しなければなりません。
二つ以上の粒がもつれ合った状態にあるということは、もつれ合っている二つのものを、完全に一つのものとして理解しなくてはならないということです。
どういうことかというと、二つの粒を相互作用させてもつれ状態にします。すると、たとえば粒の一つが上向きにスピンしたら、もう一つの粒は下向きにスピンします。
それでは、この二つの粒を遠く離れた宇宙のどこかに、それぞれ正反対の方向に飛ばしたらどうなるでしょうか。観測した片方の粒が上向きのスピンであれば、宇宙の反対側の遠く離れたところにあるもう一つの粒は下向きのスピンになるはずです。
ところが、アインシュタインはおかしいと考えました。はるか彼方で片方の粒が上向きにスピンしたことを、反対の彼方にある粒はどうやって知ったのか説明がつかないからです。
光より速いものはありませんが、このケースでは、情報が光の速さを超えたスピードで、つまり無限大のスピードで伝わり、両方の粒は同時に互いに反対方向にスピンを始めているかのように見える。
理論上、こんなことになってしまうのだとすれば、量子力学は何かが間違っているはずだとアインシュタインは考えました。だから、量子力学を否定できる。ボーアとの論争の中でアインシュタインが出してきた論点の一つです。