サン=シモン主義と渋沢栄一の合本主義

 私は、このようにして令和の新しい企業城下町を作っていく動きというのは、現代におけるサン=シモン主義の実践ではないかと思うのです。サン=シモン主義とは、フランスの思想家アンリ・ド・サン=シモンが考えた社会主義の形で、マルクスやレーニンの「科学的社会主義」に対して、「空想的社会主義」と揶揄されたりもしました。

 空想的社会主義というのは、多分に嘲笑的なニュアンスが込められた呼称ですが、実はこのサン=シモン主義は日本資本主義の父・渋沢栄一に大きな影響を与えたと言われている考え方です。

 マルクスやエンゲルスの科学的社会主義とは、資本家に搾取されている労働者が団結し、資本家と闘争して勝ち取るものとされていました。これに対してサン=シモン主義は、労働者と資本家が闘うのではなく、経済的に成功した資本家は労働者のために賃上げをしたりインフラを作ったりして地域に投資をして実現するべきだという社会主義でした。

 マルクスやエンゲルスは、「世の中、そんな人のいい資本家ばかりじゃないだろう。労働者が団結して闘争により勝ち取るのが真の社会主義だ」と、サン=シモン主義を馬鹿にしたのですが、歴史的に明白なのは、マルクス・エンゲルス的社会主義は、ソ連の崩壊という結果を見れば分かるように、うまく機能しなかったという事実です。

 一周回って逆に、私は、空想的と言われたサン=シモンの社会主義のほうがまだ現実味があるのではないかと思うのです。公益や社会を強く意識する日本の経済人、日本という土壌においては、さらにその可能性は高い気がしています。

 実際、日本でも最近、「ジャパネットたかた」で知られるジャパネットホールディングスが長崎市に約1000億円を投じ、サッカースタジアムを中心とする長崎スタジアムシティを完成させました。

長崎スタジアムシティ(写真:長崎新聞/共同通信イメージズ)
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 同様に、個人的に敬愛しているグロービスの創業者・堀義人氏も、出身地である水戸に、自ら経営するグロービスの水戸校を置いただけでなく、落ち目だった茨城放送の買収と改革、スポーツチーム(バスケットボールチーム)の買収と改革、街中の各種施設のリノベーションによる再生など、ハード・ソフトさまざまな形で投資し、街の再生に注力しています。

 渋沢栄一は、サン=シモン主義的な社会主義実現のためのまさに先駆けでした。うまい話に一人で乗って富を独占するのではなく、みんなで雫の一滴を出し合って、生まれた富はみんなで分けあう。資本主義ではなく合本主義を唱えたのでした。渋沢栄一が、500以上と言われるもの会社の設立や経営に関わり、600以上と言われる社会事業団体の設立・運営に携わったのも、産業資本家・金融資本家など経済的に潤っている者こそが地域や社会のために貢献しなければならない、という思いからだったはずです。

 こうした考え方が、令和の日本列島改造、地方創生2.0に必要だと思うのです。国や自治体主体ではなく、産業人を中心とした街づくりが「楽しくて、そして強い日本」を作るのです。

 このように各地における地方創生は民間にどんどん委ね、国はもっと大きなレベルで地方創生を進めるべきでしょう。弾みをつけるのは、何と言っても首都機能の移転です。石破総理はこの点にもすでに言及しています。同時に、「防災庁」を設立し、防災型国家を作ることも施政方針演説で述べています。石破総理に対しては、自民党内からも「楽しい日本よりも、まずは強い日本」との批判が出ています。ただ国は首都機能移転や大規模インフラの改修・整備で、一方、地域の企業や経営者は地域レベルで街づくりをハード・ソフト両面で主導し、互いに存在感を高めてマクロに協力することは出来るはずです。

 石破総理が年頭の会見や施政方針演説でさまざまなことを述べられていますが、地方創生に関する部分、「令和の列島改造」はこのようなコンセプトで実現して頂きたいと考えています。自治体にお金を配る地方創生には限界が来ていると思います。企業や経営者の熱意を引出し、彼らの自主的な創意や発想で、地域ごとの経済圏形成と街づくりを進めていこうという動きがこれから求められています。実現すれば、日本全国に今以上に魅力ある個性的な地域が多数生まれ、多数蘇っていく。そんな「楽しい日本」が現出することに期待してやみません。