“仔熊のミーシャ”はテリー・サバラスか

 そしてもうひとり、『エロイカ』最強の敵役・仔熊のミーシャ。この名物キャラクターのモデルになったといわれるテリー・サバラスは、007映画の第6作『女王陛下の007』に出演している。

 彼が演じたエルンスト・スタヴロ・ブロフェルドは、初期007映画のラスボス的悪役。「整形手術で変幻自在に外見を変える」という設定のため、1作ごとに異なる俳優が演じてきたのだが、サバラス=ブロフェルド最大の特徴は、原則的にボンドと直接拳を交えることのないブロフェルドが、唯一ハードなアクションシーンを繰り広げたことにある。

 公開当時まだ47歳だったサバラスの肉体は見事にシェイプされており、齢(よわい)30歳の若きボンド=ジョージ・レーゼンビーとの走るボブスレー上での格闘は、007映画史上屈指の名シーンといっていい。そのごつごつとした、痛みの伝わる肉弾戦は、あたかも少佐とミーシャの殴り合いのようで、『エロイカ』ファンならば味わい深いものだろう。

ブロフェルドを演じるテリー・サバラス(左)。ボンドは2代目のジョージ・レーゼンビー。(写真提供=川喜多記念映画文化財団)ブロフェルドを演じるテリー・サバラス(左)。ボンドは2代目のジョージ・レーゼンビー。(写真協力=川喜多記念映画文化財団)

 そして東西冷戦の終結。多くのスパイ・ドラマが“敵”の再構築に苦慮する中、『エロイカ』でも第15話「ノスフェラトゥ」以降はNATO情報部と旧KGBが手を組み、対テロリスト戦を展開することに。少佐とミーシャのひりひりするような共同戦線は、『エロイカ』の新たな楽しみ方を我々に提示してくれたのだが、このややいびつな東西協調は007映画にもしばしば見られる光景だ。

 77年に公開されたシリーズ第10作の『007/私を愛したスパイ』では、70年代のデタント(緊張緩和)を背景に、007とKGBの美女エージェント・トリプルXがコンビを組んで、反目しあいながらも世界を救い、最後には(やはり)熱いキスを交わす。同作に登場したKGBの大物ゴゴール将軍は人気キャラとなり、以後、数々の作品でボンドと共闘することとなる。

 『エロイカ』のサブテキストとして007を“体験”していただくことを、筆者は強くおススメしたい。

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