AIのスプートニク・ショックに匹敵
制約というものは、それを乗り越えられる者にとって、決してイノベーションの妨げにはならない。むしろ制約があることで、世の中を一変させるようなイノベーションが生まれることもある。
ウェブブラウザの開発者、そして著名ベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ」の創業者としても知られるマーク・アンドリーセンは、今回の出来事がいかに大きなものであるのかを、1957年10月4日にかつてのソ連が打ち上げ、米国の宇宙開発・ミサイル開発技術における優位性という幻想を打ち砕いた世界初の人工衛星になぞらえて、「ディープシークのR1は、AIにとってスプートニクの瞬間だ」という印象的な言葉で表現している。
実際、ディープシーク・ショックは、かつてのスプートニク・ショックに匹敵するほど、時代が変わったことを象徴する衝撃になる可能性がある。
これまでは「最高品質のAIモデルを開発したければ、最先端のGPUを大量に集め、多額の予算を投じるしかない」、したがって「そんな芸当ができるのは体力がある一握りの欧米企業だけ」というのが業界の常識だった。
しかしGPUをそれほど使わず、ごく限られた予算(報道によれば、R1の開発にかかったコストは8億円程度で、これは従来の10分の1以下と見られている)でも高度なモデルを開発できるのであれば、GPUの需要は低下するのではないか──。そんな憶測から、エヌビディアの株価が大幅に下落したというわけだ。
ただ、あまりにディープシーク、そしてR1モデルが優秀であるために、「規制逃れをしてGPUを手に入れているのではないか?」という疑念も持ち上がっている。
しかし報道によれば、当のエヌビディア自体がR1について、「広く利用可能なモデルと、輸出規制に完全に準拠したコンピューティングを活用している」と説明し、米国の技術輸出規制に準拠した「AI技術の優れた進歩」だとの認識を示している。
一方で、AIの「推論作業には膨大な数のエヌビディア製GPUと高性能ネットワークが必要」だとして、自社製品の需要が極端に低下するわけではないとも主張しているのだが、いずれにしてもイノベーション自体の存在は認めているわけだ。