記者クラブに所属していないメディアの強みは、既存の利害関係に縛られることなく、独自の視点で取材・報道できる点にあります。今回のケースでも、フリーランスのジャーナリストたちは、被害者の証言や内部告発者の情報を丹念に積み重ね、問題の本質に迫る報道を展開しました。このような粘り強い取材活動は、従来型のメディアではとうてい実現できないものだったでしょう。

 SNSの存在もこの問題の表面化に重要な役割を果たしました。Xなどのプラットフォームを通じて市民の声が直接的に発信され、それが既存メディアの報道姿勢にも影響を与えたのです。ネットの盛り上がりに、既存メディアが座視できなくなったというわけです。

デジタル時代における記者クラブの位置付け

 インターネットの普及で誰もが情報を発信できる時代となった今、記者クラブという制度をどう位置付けるべきでしょうか。

 完全な廃止を求める声がある一方で、プロフェッショナルな取材体制の維持という観点から、一定の存在意義を認める意見もあります。

 重要なのは、記者クラブをただちに廃止することではなく、閉鎖的な特権集団から開かれた専門職集団へと転換させることだと個人的には考えています。例えば、一定の基準を満たすフリーランスジャーナリストやネットメディアに門戸を開放する、オンラインでの取材参加を認めるなど、柔軟な運営方法を模索する必要があります。

 今は多くの記者クラブに海外メディアが所属していますが、これもかつて海外メディアの記者たちが運動を起こした成果です。1980年代後半、海外メディアの記者たちは「プレスリリース・レター・キャンペーン」を展開しました。BBCやニューヨーク・タイムズなどが中心となり、「我々にもプレスリリースを!」と大手企業の広報部に英文プレスリリースの送付を求める手紙を大量に送りました。当時、筆者も大手企業の広報部にいたので、このことは鮮明に憶えています。

 このキャンペーンの背景には、日本企業の国際的影響力が増す中、外国メディアが重要な企業情報から排除されている不満がありました。企業の発表が記者クラブ経由でしか得られず、海外での報道が遅れるという問題を抱えていたのです。

 結果として、大手企業は英文プレスリリースの配布を始め、徐々に外国メディアの記者クラブ加盟も認められるようになりました。この動きは、閉鎖的だった日本の記者クラブが、国際化の波に対応を迫られた象徴的な出来事でした。