ワンオペ介護という「危ない橋」
Lさんに今、何が一番食べたいかと聞いたところ、
「もう少しいいものが食べられたら幸せですね。女の子と同伴で行った割烹料理店の白子の天ぷらが食べたいなー」
窮地を脱するためタイミ―のアプリを入れたものの、そこは踏ん切りがつかない。ただ、タイミ―でよく見かける介護の求人は、気にはなっている。
「親の介護経験もあるし、実は介護へルパー2級(訪問介護員2級養成研修課程)の資格も取得しているんです。でも、よその人の介護はちょっと……。それに家に一人でいると、なんとなくこのままでもいいか、と思ってしまいます」
終始陽気なLさんだったが、むしろその明るさを不気味に感じた。
生活が苦しいなら、無駄遣いをせずに働けばいいと思うのは、恵まれた人間の思い込みかもしれない。「働く意欲がある」こと自体、「恵まれている」のだろう。
「楽しかったから後悔はない」とは本心なのだろうが、60歳を過ぎて全財産を使い切ってしまうのは尋常ではない。どこかでLさんは橋を渡り、違う世界に足を踏み入れてしまったのだ。
ただ「10年近く親の介護を一人で担ってきた」という背景から、これを他人事だと思うことはできなかった。今、介護離職する人は年間10万人以上いる。介護離職によってもたらされるのは、精神的・肉体的負担、経済的困窮、そして社会的孤立である。
2025年は団塊の世代が全員75歳以上になる「大介護時代」の始まりだという。世の中的に今年は、「危ない橋」をちょうど渡りはじめたばかりなのだ。
若月澪子(わかつき・れいこ)
NHKでキャスター、ディレクターとして勤務したのち、結婚退職。出産後に小遣い稼ぎでライターを始める。生涯、非正規労働者。ギグワーカーとしていろんなお仕事体験中。著書に『副業おじさん 傷だらけの俺たちに明日はあるか』(朝日新聞出版)がある。