民主党に求められるリベラル政党としての意義
──民主党は、今後どちらに向かっていくと思われますか?
三牧:「民主党はアイデンティティーポリティックスが行き過ぎた」という総括のされ方もしますが、今回、そこまでハリス氏がアイデンティティーポリティックスを強調していたとは思いません。中絶の権利を除き、ジェンダー平等についてもほとんど語りませんでした。
もっとも、選挙結果を見れば、中絶の権利の主張は女性有権者には響くものではありましたが、男性有権者、とりわけZ世代男性には響くものではなかったと言えます。むしろ遠ざけてしまった可能性すらある。
近年、若い男性はますます中絶の権利やジェンダー平等に消極的になっています。Z世代女性がますます「フェミニスト」を自認するようになっているのに対し、「フェミニスト」を自認するZ世代男性は増えていません。
中絶の権利をめぐっても、若年層ほど男女で意見が分かれています。
2022年、トランプ政権時代(2017-2021)に保守化した連邦最高裁が、憲法上の人工妊娠中絶の権利を認めるロー対ウェイド判決(1973)を破棄して以降、「プロ・チョイス(中絶賛成派)」を自認する女性が急増しているのに対し、「プロ・チョイス」を自認する男性の割合は増えず、むしろ近年では「プロ・ライフ(中絶反対派)」と回答する割合を下回っています。
民主党は、女性の大学進学率の上昇や社会進出に危機感を抱き、女性の進出が男性の犠牲のもとに実現されるとますます考えるようになっているZ世代男性の苦悩や孤独感をうまく汲み取ってきませんでした。「男らしさ(masculinity)」を即、「有害性(toxic)」と結びつける傾向も党内にはありました。
ただ、ジェンダー平等の主張自体を下ろしてしまっては、リベラル政党としての意義がなくなってしまいます。民主党には、今後もジェンダー平等の旗を下ろさず、引き続き女性大統領の誕生を追求し続けてほしいと思いますし、それと同様に新しい「男らしさ」を探求し、打ち出していくことを期待したいと思っています。
ハリス氏が副大統領になってからは弁護士の仕事を辞め、ハリス氏の政治活動を裏方として支えてきた夫ダグ・エムホフや、不妊治療の経験をオープンに語ってきたティム・ウォルズ副大統領候補。選挙には負けましたが、彼らは新しい「男らしさ」を示す存在でもあったのではないでしょうか。
共和党もこのたび若者やマイノリティの支持を得たことで、より多様性を意識した党のあり方を模索していくことになるのではないでしょうか。こうした面にも着目しながら、選挙後のアメリカ政治を見ていきたいと思います。
三牧 聖子
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科/准教授
1981年生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。早稲田大学助手、米ハーバード大学日米関係プログラム・アカデミックアソシエイト、関西外国語大学外国学部助教、高崎経済大学経済学部准教授などを経て2022年より現職。専門はアメリカ政治外交史、平和研究。著書に『戦争違法化運動の時代』、共訳書に『リベラリズム 失われた歴史と現在』などがある。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。