トランプ次期大統領がカーン氏に制裁を加える?

 11月に入り、セクハラ疑惑についてICC内部ではなく外部の調査が行われることになった。一度はカーン氏のセクハラに対し申し立てを行わないとしたこの女性は、外部調査には協力するという。

 カーン氏は、本当にセクハラをしたのか。あるいはカーン氏が間接的に主張しているように、一連の告発はイスラエルなどによる謀略なのか。

 親イスラエル派のWSJがカーン氏を追及する背景は明白だ。しかし、ガーディアンはリベラル系で、これまでもガザなどにおけるイスラエル軍の横暴や戦争犯罪行為を詳報、追及してきた。調査報道にも定評があり、カーン氏に関する記事も相当な裏取りをした痕跡が見られる。

 ガーディアンは数カ月にわたる独自調査の中で、諜報機関モサドなどイスラエル当局の関与は認められないとしている。一方で、ICCに批判的な勢力が一連のセクハラ騒動を利用している側面もあるとし、「何者か」による意図的な関連情報のリークがあった可能性は否定していない。

 イスラエルも、同国と同盟関係にある米国もICCに加盟していない。バイデン政権はこれまで逮捕状請求に猛反発してきた。請求当時、ブリンケン米国務長官はカーン氏がイスラエルと、米国がテロリストと認定しているハマスを同列に扱っているとして「恥ずべきこと」とICCを糾弾した。

 また、バイデン政権よりもさらにイスラエル寄りのトランプ次期米大統領は、カーン氏への制裁を検討しているとの情報もある。トランプ氏の国家安全保障担当補佐官であるマイク・ウォルツ氏は来年1月の政権発足後に「ICCの反ユダヤ的偏見に対し、強力な対応を行う」と発言している。

 ちなみに、英保守党の議員だったカーン氏の実弟は2022年、過去の少年への性的暴行容疑で懲役1年6カ月の実刑判決を受けている(昨年2月に出所)。弟の罪が兄に関連付けられる必然性はないだろうが、カーン氏の失墜を望む勢力には格好の中傷材料になるかもしれない。

 ICCの逮捕状は、ネタニヤフ政権のパレスチナにおける戦争犯罪をやめさせる「最後の砦」となり得るとの期待もある。だが、今回のセクハラ疑惑により、逮捕状の正当性に傷をつけられかねない騒動に発展している。

 セクハラ疑惑が真実なら、女性の権利や尊厳は当然、守り抜かれなければならない。外部調査の行方が、注目される。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。