何を大切に生きているか
コミュ障で空気が読めないフリーレンの感覚は、しばしば「場転コマ」で表現される。1ページに1コマずつ、セリフなしの場面転換が次々と描かれる展開方法である。
「あんなことがあって、こんなこともあって……」という、中略とも読めるページが頻出するのだ。なかには結構な強敵と戦ったことさえ、いとも簡単に、あっさりと省かれてしまう。
この淡々とした空気感は、他の漫画ではなかなかお目にかかれない。冷ややかでありながらも穏やかなのである。これはやはり、主人公の視点がいかに目まぐるしく、いちいち語るのが億劫なものであるかを描写しているものとも読める。
少年漫画らしいバトルシーンや心理戦などもしっかり見応えがある。しかしこの作品で重要なのは「何を大切に生きているか」というキャラクターの描写である。登場するキャラクター全てに、それぞれ「大切なもの」が存在していて、それに善悪の境が全然ないのだ。
これは魔族と呼ばれる敵役の描かれ方にしても顕著である。魔族たちは人間を捕食するためだけにしか言葉を使わない。人間を殺すためなら、どんな嘘でも、どんな振る舞いでもするのである。そこに(人間側からみた)悪意はなく、ただ捕食者としての本能として、あたかも虫が擬態するかのように行われる。これはかなり凄みのある悪の描写だ。
フリーレンの新たな旅の目的は「勇者ヒンメルに会いに行く」ことである。死者と再会して言葉を交わせる場所を目指して旅をしているのである。つまり彼女の大切なものは「ヒンメルたちとの思い出」ということになる。
繰り返すが、フリーレンにとっての半年は、ヒンメルにとっては10年なのである。二人が互いに仄かな想いを寄せていたのはほぼ間違いなく、その思慕に気づいたのはおそらく、ヒンメルが死んだ後である。フリーレンはそこで初めて「逢いたい」と願ったのだ。
そう、これは超絶にプラトニックなラブストーリーなのである。
アニメも原作も、絵がとても繊細である。輪郭線は限界まで細く描かれており、全体的にペールトーンで淡雪のような色彩が儚い印象を与える。原作の持つ雰囲気を、きわめて巧みに描写しているものと思われる。作画と原作のコンビネーションが極上のマリアージュを織りなしている作品である。
本当の「めでたしめでたし」が一体どうなるのか。今後の展開が非常に楽しみだ。
(編集協力:春燈社 小西眞由美)