だが、すぐにXさんに直当たりすることはせず、次に吾郎さんを養子に出したとされる夫婦宅に足を運んだ。そこは伊勢湾に突き出ている知多半島の突端だった。海のすぐそばで、岸壁には小さな漁船が波に揺られて係留されている。小さな漁師町だが、高齢化のためなのか活気はなく、人影もまばらであった。

 そこに庭もないような小さな家々が軒を並べて建っている一角があった。そのひとつが目的とする家である。呼び鈴を鳴らすが返事はない。郵便ポストには多くのチラシが残っている。もしかしたら、ここにはもう目的の夫婦は住んでいないのかも知れない。それでも帰宅してくることを祈るしかなく、しばらくは近くの岸壁に車を停めて時間を潰した。

「引っ越しましたけど」

 30分ごとに目的の家を訪れたが状況は変わることがなかった。陽が西に傾いたころ、隣の家の住人が帰っていた。

「○○さんに会いにきたんですが、不在のようで……」

 玄関から出て来た60代ぐらいの人の良さそうなおばさんに警戒されないように話しかけた。

「○○さんは、とっくに引っ越しましたよ」

「どこにですか?」

「名古屋ですけれど……」

「住所は分かりますか?」

「そんなのは分からないけれど、ご夫婦とも亡くなったと親戚の方から聞いています」

「エッ?」

 膝から崩れ落ちそうなショックだったが、なんとか切り抜けなければと頭を巡らせた。

「つかぬことをお伺いしますが、○○さんにはお子さんがいると思いますが」

「ええ、何人かいましたよ」

「20年少し前に○○さんの奥さんが赤ちゃんを産んだという記憶はありますか?」

「はあ? そんなことは無いですよ。家を見たら分かるように○○さんとは隣同士でしたから何でも知っていますけど、その頃に奥さんが妊娠して出産したということは絶対にありません」

「なんでも産まれた赤ちゃんを養子に貰ったという方がいるようで、調べているんです」

「そうでしたか。だけどそんな話も聞いたこともありませんし、赤ちゃんも産まれていません」