中国共産党党務公開条例では公開が禁止されている国家機密を「政権安全、制度安全、経済安全、軍事安全、文化安全、社会安全、国土安全、国民安全など」としています。広範かつ曖昧な国家機密という特徴はそのままですし、文化、社会、国民の安全まで国家機密というのはむしろ冷戦期の情報管理体制に逆戻りしている印象すら受けます。

――中国共産党は秘密裡に情報を流通させるためのネットワーク「機要交通」「機要通信」を作り上げました。その制度整備も本書で描かれています。電話や電報よりも、交通員と呼ばれる「飛脚」たちが秘密文書を持ち運ぶというアナログな手法が現在にいたるまで重視されてきたというのも驚きですが、そのお粗末な失敗にも笑えるものが。

――敵である国民党関係者を交通員に雇ってしまったり、大事な機密文書をトイレットペーパーに使ってしまったり、どうでもいい書類から役人へのお土産まで秘密通信網で運んでパンクしそうになったり。笑える問題が多発しています。

周俊:問題は当時から認識されていて、是正せよという指示が頻繁に出されています。だからわれわれは共産党側の資料を通して「通信事故」の発生を把握できるわけですが、通信網もまた外部からのチェックが許可されない閉鎖的な組織ですので、どれだけがんばってもお粗末な状況はなかなか変えられませんでした。

――中国共産党は独裁政党ではないか、そのトップは皇帝のような強大な権力を持っているではないか。それなのに……と思う読者は多いと思うのですが、広大で膨大な数の人間がいる中国において、ある制度や手法を貫徹させるのは容易ではない。どうやったらうまく独裁、専制できるのか……というのは中国共産党にとっても常につきまとう悩みだったわけですね。

※では、中国共産党がいかに情報を収集しようとしたか、独裁国家のリーダーがいかに民意を推し量ったのか。新潮社フォーサイト『独裁者はなぜ間違えるのか?――中国共産党トップの「認知バイアス」形成プロセス』につづく。

◎周 俊(シュウ・シュン)
1987年、中国湖南省に生まれる。2020年、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程修了、第16回太田勝洪記念中国学術研究賞受賞。東京大学社会科学研究所特任研究員、北京大学歴史学部交換教員、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科助教等を経て、現在、神戸大学大学院国際文化学研究科講師。博士(学術)。主著に『中国現代史資料目録集:毛沢東時代の内部雑誌』(東京大学社会科学研究所グローバル中国研究拠点、2023年)など。

◎インタビューとテキスト/高口康太(たかぐち・こうた)
1976年、千葉県生まれ。ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国・天津の南開大学に中国国費留学生として留学中から中国関連ニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。中国経済と企業、在日中国人経済を専門に取材、執筆活動を続けている。 著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、共著)、『中国S級B級論』(さくら舎、共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、共編、大平正芳記念賞特別賞受賞)、『中国「コロナ封じ」の虚実 デジタル監視は14億人を統制できるか』(中公新書ラクレ)、『習近平の中国』(東京大学出版会、共著)など。

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