周俊:国家機密の範囲が広く曖昧すぎることは、資料流出が止まらないという問題につながります。なにせ機密資料が多すぎて、役人たちはどれが本当に意味のある秘密なのかわからなくなってしまうのです。機密と指定されていても、実際にはたいして重要ではないからゴミとして捨ててしまおう、古紙として売ってしまおうといった話がいくらでもある。

 建国初期、年に何万件もの内部資料が売り出されました。毛沢東らはこの問題点に気付いてはいましたが、根本的な改善ができませんでした。ここ十数年、その一部は研究機関が買い上げて資料集としています。私自身も古書店から大量の史料を入手して本書の執筆に活用しました。ただし、最近では古書店への規制も強化されており、「窓口」が閉まっていると思います。

香港中文大学が所蔵する「内部参考」資料。表紙に「切勿遺失」(切に遺失を禁止する)と書かれている(周俊氏撮影)同じく香港中文大学が所蔵する「内部参考」資料。表紙に「切勿遺失」(切に遺失を禁止する)と書かれている(周俊氏撮影)

――それほどザルだったのに、当時の米国、台湾も正確な情報は収集できていなかった、と。

周俊:冷戦期は大使館すら設置できず、人的交流が極端に少なかったという背景があります。また、社会システムが極端に異なることも大きな原因です。米国も台湾もスパイ工作を行っていましたが、ほとんどが失敗しています。例えば、台湾のある工作員は完璧な準備をして大陸に潜入しましたが、大陸にないブランドの下着を外に干したことだけで正体が露見しました。結果として、西側諸国は中国に関する間違った情報や伝聞に振り回されることになります。

 米国政府の機密解除文書を見ると、CIAは共産党の指導者に関する基本的な情報収集にも大変苦労していたことがわかります。例えば、劉少奇が若い女性と結婚した、毛沢東が重病になったらしい(実際には地方視察に出ていただけ)といった基本的な間違いがCIAの機密レポートから出てきます。

――これもまた、現在の米中関係を想起させます。冷戦期と比べれば人的交流は盛んですが、それでも単純な誤解は多い。私には『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐氏との共著、NHK出版、2019年)という著作がありますが、その執筆動機は中国の監視社会について日本語圏、英語圏問わずあまりに間違った情報が多いことにイライラしたためです。AIによって全中国人に信用スコアがつけられていて、その点数で行動が制限される……といったデマがまことしやかに流れていました。秘密主義の中国がちゃんと説明しないことも悪いのですが。現在、中国がスパイ対策を強化し、再び人的交流が低調になっているので、こうした誤解はさらに広がりそうな気がします。

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