政治活動や推し活には必要不可欠?

 米WIRED誌は10月9日、ブラジルでのX再開のタイミングは「重大だ」と指摘している。この10月、ブラジルでは複数の重要な地方選挙が予定されているからだ。

Xに停止命令を出した最高裁判所の決定に抗議するブラジルのデモ(写真:AP/アフロ)

 そもそもXが停止命令を受けたのは、ブラジルの選挙制度に関する偽情報やヘイトスピーチなどを広めたとされるアカウントおよびコンテンツの削除命令を拒否したからだ。11月に迫っている米大統領戦でも、民主・共和党両陣営は、XなどSNSを活用した選挙戦を激化させている。ブラジルでもこの時期、Xが使えないことで困る陣営や、有権者もいることだろう。

 もう一点、米NBCニュースが興味深い分析を行っている。Xの停止はブラジルにおける、いわゆる「Stan(スタン)」カルチャーに影響を及ぼしているのだという*8

*8How Brazil's suspension of X is hurting 'stan Twitter'(NBC NEWS)

 スタン・カルチャーとは、「ファンダム」つまり「熱狂的な推し活」とでも呼べるものだと推察するが、停止命令以来、X上の「スタン・コミュニティ」による活動が沈静化したのだという。NBCはこれにより、推されてきたアーティストたちに大きな影響が及ぶだろうという専門家の予測も伝えた。ブラジルのオンライン上のファン・コミュニティは長きにわたり、アーティストのプロモーションやトレンドの創出、その上若い有権者の投票活動にまで影響しているのだという。

 同局の取材に応じた専門家によれば、こうしたX上のコミュニティはブラジルにおいて、アーティストの「推し活」やファン同士の交流などに欠かせないものになっているという。「Xがないと、世界中のスタン・アカウントに影響が出てしまう」とまで述べている。

 ブラジルにおけるファンの組織力を示した具体例は、昨年、ツアーで同国を訪れた歌手テイラー・スウィフト氏の一件だろう。当時、同国のリオデジャネイロで、かの有名な「コルコバードのキリスト像」に、スウィフト氏のヒット曲である「You Belong With Me」で彼女が着用したシャツが投影された。ブラジルのファンダム研究家はNBCの取材に対し、これはスウィフト氏の熱狂的ファンたち=スウィフティーズのX上の活動が多大な役割を果たしたと話している。また、ポップスターのブラジルのファンアカウントには、大手レコード会社からのサポートの存在もあるのだという。

 先述の通り、マスク氏がXを所有してから大量のユーザーが流出しているが、そうした状況でもスタン・アカウントはおおむねXにとどまったとされている。そんなX頼みのスタン・コミュニティにさえ、今回の停止措置は必要だったと話す人もいるようだ。

 29万人近いフォロワーを持つ、アリアナ・グランデ氏のスタン・アカウント運営者の一人はNBCに対し「(マスク氏が)法制度に反したことはわかっており、それに対する措置は取られるべきだ」と話している。

 言論の自由の絶対主義者を気取ってきたマスク氏だが、その正当性は、Xにとどまり続けるユーザーにさえ疑問視されているようだ。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。