ブラジルでの当局vsXのバトルは当局が「勝利」した(写真:Charles McClintock Wilson/Shutterstock.com)

10月8日、ブラジル最高裁はSNS大手のXに対するサービス停止措置を解除。ユーザーはXに再びアクセスできるようになった。当局とテック企業の対立について、双方の「気まぐれ」な対応に警鐘を鳴らす声もある。そうした中、サービスが使えなかった1カ月あまりの間、ユーザーにはどのような影響を及ぼしたのか。

(楠 佳那子:フリー・テレビディレクター)

 ブラジル最高裁がXにサービス停止を命じたのは8月末。それまでも長期にわたり、Xで拡散するヘイトや偽情報によって同国の民主主義が脅かされるとして、特定アカウントの凍結や投稿の削除を要請してきた。Xを所有するイーロン・マスク氏は言論の自由を盾にこれを拒否。Xのブラジル事務所を閉鎖し、法定代理人の任命も行わず、違法行為に対する罰金の支払いも拒んだ。サービス停止命令は、こうしたXの行為を受けたものだ。

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 言論の自由の絶対主義者を標榜するマスク氏は、決定を下した最高裁のモラエス判事を「邪悪な独裁者」「(映画・スター・ウォーズの悪役)ダース・ベイダー」などとX上で公然と罵った。そのさまは例えるなら、校則に従わない生徒が校長に叱られ、罰として廊下に立たされることに腹を立て、学校の壁に「校長の横暴だ」などと悪口を書きまくるような幼稚な振る舞いだ。

 既に複数の専門家が指摘していることだが、問題はブラジルの法律を守らなかったマスク氏傘下のXにあったと言える。裁判所の命令に不服があるならば、勝手に事務所を閉鎖して当局の要請を逃れようなどとせず、司法の場で争う権利がXにはあったはずだ。

 今回の措置で、構図としてはXがブラジル最高裁に屈した形ではある。偽情報とヘイトを野放しにしているマスク氏に司法が勝利したと歓迎する声も多い。Xではマスク氏に買収されてから、偽情報やヘイトの投稿を監視・削除する役割を担う「モデレーター」の数が激減したと言われている。テクノロジー政策の専門家は、ユーザーを偽情報やヘイトから守る対策がXでは不十分だと指摘している。

 一方で、SNSのプラットフォームを当局が強権的に停止するという前例ができたことを危惧する声も、一定数存在する。

 ブラジルの最高裁はXへの停止命令に先立ち、マスク氏傘下の衛星通信サービス「スターリンク」のブラジル国内の資産を凍結した。ブラジルでは25万人がスターリンクを使用しているとされ、いわば、最高裁はスターリンクのユーザーを「人質」にとってまでXを停止に追い込んだと見ることもできる。

 先のテクノロジー政策の専門家は、今回のように最高裁がプラットフォーム全体を閉鎖することをせずに、違法な投稿を強制的に削除させる、より適切な方策を検討するべきだとも指摘している。また、国連人権委員会は2018年の報告書において、インターネット仲介業者に高額な罰金や懲役刑を与えるなど、不当な制裁が科されることのないよう留意すべきとしているという*1。今後、ユーザーの権利保護が企業や当局の「気まぐれ」な対応に依拠すべきではないと、警鐘を鳴らしている。

*1The Right Lessons from the Flap Over X in Brazil(Tech Policy.PRESS)

 ただし、ブラジルの最高裁は今回、Xが罰金を支払うなど同国の司法に従ったことで、直ちにサービスの再開を指示している。法を遵守すれば運営は可能になるわけで、ブラジルでの事例が当局の「気まぐれ」とは言い難いだろう。

 いずれにしても当局とXの対立で1カ月あまり、サービスが停止されたわけだが、その結果、ユーザーにはどのような影響を及ぼしたのだろうか。