クルマとしてのポテンシャルが高いBEVの停滞は一時的な現象か

 その欧州がなぜ突然オール電化へのトーンを弱めたのか。これは自分の生活に実害が及びかねないことが明らかになってきたことで有権者が怒りを示し始めたことが大きい。

 自動車以外では今春日本でも大々的に報じられた農業従事者の大規模デモが記憶に新しいことだろう。将来の理想のために今の人々は犠牲になれと言わんばかりの農業規制に怒り心頭に発した農家がトラクターでベルギーに駆けつけた時、欧州政府は矛先が自分に向くこともあると実感したことだろう。

 自動車もしかりで、欧州委員会は電動化で不満を持つ人々に対し、そもそも自動車による長距離移動が間違っているのだと、1日平均の走行距離制限を匂わせたりしていた。

 このムーブメントには少なからぬユーザーが逆上。6月の欧州議会選挙では欧州連帯主義の中道右派は一応過半数を維持したものの議席を減らし、緑の党など環境左派は惨敗。代わって右派が台頭するという結果となった。昨年までと比べ、欧州政府が急進的な環境政策を強行する力は確実に落ちた。

 このような経緯から分かるように、欧州政府主導によるクルマのオール電化策は問題が顕在化する前から民意と関係ないところで推進され、それに不満を持つ有権者はかなり多かったものと見られる。

 フィアット「500」、ルノー「トゥインゴ」など欧州の庶民の足という役割を担うAセグメントミニカークラスは、CO2排出量は少ないにもかかわらず将来規制対応のコスト見通しが立たないということで続々と廃止に追い込まれた。そういうクルマのユーザーは基本的人権である交通権を侵害されたも同然で、南欧ではBEV政策に罵詈雑言や嘲笑を浴びせるケースが多々見られる。

フィアット500eフィアット500e(写真:©Marco Destefanis/IPA via ZUMA Press/共同通信イメージズ)

 長距離移動が多い、寒冷地在住、集合住宅住まいといったBEVに向かない人にまでBEVを押し付けるオール電化政策は非現実的でしかない。だが、技術革新の道半ばとはいえクルマとしてのポテンシャルが非常に高いのは確かである上、再生可能エネルギーを最も手軽かつ高効率に活用できるというメリットもあることから、停滞は一時的なものとなる公算が大だ。

 次なる加速を生むのは全固体電池といった個別技術ではなく、クルマとしての総合効率を上げることと耐久性、信頼性の向上である。それを実現するのはどの陣営か、競争はまだ始まったばかりだ。

>>【前編】価格、充電性、CO2排出量…今起きている停滞は商品力とは全く関係ないところで生じている

【井元康一郎(いもと・こういちろう)】
1967年鹿児島生まれ。立教大学卒業後、経済誌記者を経て独立。自然科学、宇宙航空、自動車、エネルギー、重工業、映画、楽器、音楽などの分野を取材するジャーナリスト。著書に『プリウスvsインサイト』(小学館)、『レクサス─トヨタは世界的ブランドを打ち出せるのか』(プレジデント社)がある。