ウクライナのロシア占領地から拉致される子供たちも

 ロシア政府による昨今のなりふり構わぬ子作り奨励作戦について、複数の欧米メディアは「特別人口作戦」と名付けている。ウクライナ侵攻を指してロシア当局が使用する「特別軍事作戦」という言葉になぞらえたものだ。ある議員が軍事同様に「人口作戦」も必須だと、メディアの取材に応えたのだという。

「特別人口作戦」について詳報したカナダのCBC放送は9月20日、突然「産めよ増やせよ」と促されているロシアの女性たちの声を伝えている。独立系の医療誌に執筆しているロシア人ジャーナリストは、CBCの取材に「ロシアのほとんどの女性が政府を信頼できないことが主な問題だ。(女性の体に関する)情報を政府と共有することを恐れている」と発言した*7

*7Russia wants a baby boom, but some women resist becoming a mother for the motherland(CBC)

 同放送局によると、通信アプリ「テレグラム」でこうした記事に反応した女性の1人は、この取り組みが自身を「国の代理母」にさせられたような気になったと投稿したという。

 また、生殖検査に呼ばれた女性は、プログラム自体は肯定するものの、それをいきなり女性に通達することには問題があると憤りを隠さなかったという。「個人の境界線が侵されていると感じた」と話した。また、ロシアメディアが定期的にキャリアを諦め子供を産めと女性に呼びかけているとし、家族を第一に考えない女性たちが公然と非難されているとも嘆いたという。

 こうした計画のもとで、望まない形で子供を産むことになったのだとしたら、女性も生まれた子供もあまりに不幸で残酷だ。そして、ロシアの強引な兵力増強計画の犠牲者は、ロシア国内にとどまらない。

 国際刑事裁判所(ICC)は去年3月プーチン氏に対し、ウクライナ侵略に際してウクライナから不法に子供を拉致し、ロシアへ連れ去った容疑で逮捕状を発行した。同様の戦争犯罪容疑で逮捕状の出ているマリア・リボワベロワ大統領全権代表(子供の権利担当)は、72万人もの子供をロシアに移送したとしていた。報道によれば、その中には自身が養子にした子供も含まれているという。ウクライナ側は、連れ去られた子供たちの数を2万人ほどとしている。

ICCから逮捕状が出ているマリア・リボワベロワ大統領全権代表は「戦争犯罪」容疑を否認している(写真:picture alliance/アフロ)

 英タイムズ紙は7月、ロシアからウクライナに取り戻された子供の数は600人以下と報じている。子供たちを取り戻すウクライナの活動団体関係者はこの記事中、連れ去られた子供たちは時が経つにつれてよりロシアに同化させられ、ウクライナに戻ることはないだろうという懸念を示している*8

*8‘They tried to make us Russians’: the children Putin stole(THE TIMES)

 その上、こうして連れ去られたウクライナの子供たちはロシアで軍事学校に通わされ、ロシアのために戦場に送られるというウクライナ人による証言もあったという。両親や親族が生存し、子供を取り戻そうとする大人がいる子供はともかく、侵略によって親を亡くし、身寄りのない子供たちは、ロシアに同化させられてしまう可能性が高いだろう。

 また同紙によれば、ロシアから取り戻された子供たちには、恐怖によって支配された精神的なトラウマが多く見られるという。こうした子供たちを診た心理士は、子供たちが「ミニ兵士のようだ」と語っている。15歳のウクライナ人の少年は、ロシア人兵士に踏みつけられながら「お前はウクライナ人を殺すための弾丸を作るのだ」と脅されたのだという。

 どの国であれ、未来ある子供たちを戦地に送る兵力としてのみ利用するようなことは、断じて許されない。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。