火星の太古の海

 30億年以上の昔、太陽も惑星もまだ若かったころ、火星には濃い大気があり、大洋が広がり、雨も降れば川も流れていたと考えられています。その証拠に、火星の地表には、いたるところに川の作った地形や大洪水の跡が残されています。

 どうしてみずみずしい世界だった火星が現在からからに干からびてしまったのかというと、それは大気が失われたせいだとされています。現在の火星の大気は地球の0.5%程度しかありません。

 大気が失われると、温室効果もなくなり、平均気温が-60℃程度にまで下がってしまいました。これでは水どころか二酸化炭素まで凍りつきます。また気圧が低いと、水という物質は液体の状態になれません。火星の地表には、氷(固体)か水蒸気(気体)の状態でしか水が存在できないのです。(ただし何らかの濃い水溶液なら、凝固点降下という現象のため、液体として存在できる場合があります。)

 こうしたことが判明したのは20世紀のことです。火星の失われた大気はおそらく宇宙空間へ逃げていったのだろうというのが当時の推定でした。火星の重力は弱いため、大気分子(が分解して生じた原子)を保持できず、大気は徐々に宇宙に逃げ散ったというシナリオです。大気が薄くなれば海水は蒸発して水蒸気となり、これまた大気分子と同様の運命をたどって宇宙空間に失われるでしょう。

 また太陽は、「太陽風」と呼ばれる高速の陽子や電子などを、四方八方へ撒き散らしています。こうした高速の粒子が惑星に飛来して大気分子に衝突すると、大気分子を壊して宇宙空間へ弾き飛ばします。こうした効果も火星の大気消失を後押ししたのだろうと考えられました。

(なお、地球は火星よりも強い地磁気を持ち、地磁気は高速粒子を跳ね返すバリアーのような役割を果たすので、これもあって地球の大気は消失をまぬがれた、と説明されました。)

 これが20世紀に考えられた、現在の火星が酷寒の砂漠になった訳です。

太陽風が火星の大気を吹き飛ばしているイメージ。だが実は・・・。 Image by NASA/GSFC.