砂漠が美しいのは、海をかくしているからだよ

 片山教授と赤松研究員は、この層の正体を調べるため、火星の地殻と似ているスウェーデンのリダホルム産の斑れい岩を用いて実験を行ないました(※2)。岩石を熱して割れ目を入れたり塩水につけたり冷やしたり、さまざまな条件を作り出して、その岩石を伝わる地震波速度、つまり音速を測定しました。するとInSightの観測結果に最もよく合うのは、岩石の割れ目を液体の水が満たした状態と判明しました。

 この結果は、エリシウム平原の地下10〜20 kmに、塩水を含む岩石層が存在する可能性を示しています。もしも本当なら、これは太古の海水を起源とすると考えられます。海は蒸発したのでも宇宙空間に失われたのでもなく、地下に潜っていたことになります。火星のからからに乾いた砂漠はその下に海を隠していたのです。

 しかも片山教授らの結果によると、この層は氷ではなく液体の水と考えられます。

 30億年以上前、火星に海が存在した時代は、地球の海に生命が発生した時期でもあります。地球の生命を生んだ未知の機構が、もしも火星の海でも働いていたならば、原始的な生命が発生したかもしれません。そしてさらに想像をたくましくすれば、海が地下に潜る際、生命も生存の場を地下に移して、今でもほそぼそと暮らしていないともいえません。生命期待派の復興です。火星の地下海に火星プランクトンを探すべきでしょう。

先行研究?

 InSightの測定結果を用いて、地下の水の存在を指摘したのは、片山教授らだけではありません。片山教授らの発表に1カ月先立つ2024年8月12日には、カリフォルニア大サン・ディエゴ校のヴァシャン・ライト准教授らのグループが、別の手法を用いて同様の結論を発表しています(※3)。ライト准教授らの結果はCNNを始め各種メディアで広く報道されたので、そちらについてお読みになった方もおられるでしょう。

 今回の片山教授らの結果は、独立のアプローチを用いても、InSightの結果から地下の海の存在が結論されることを示すものです。

 なお、ヴァシャン・ライト准教授らの論文(※3)をよく見てみると、この論文がPANS誌に投稿されたのは2024年5月18日で、その後査読などを経て受理され、発表されたのが2024年8月12日です。

 一方、片山教授らの論文(※2)がGeology誌に投稿されたのは2024年5月9日で、実はこちらの方が先なのですが、受理に時間がかかったため、発表はライト准教授らの1カ月後となったものです。投稿は先んじていたのに、諸事情によって発表が遅れ、報道されるのも2番目以降になったという、少々不遇な状況のようです。(こういうことがあるので、論文には投稿と受理の日付が記載されています。)

 今回この研究を取り上げたのには 、結果は優れているのにたまたまめぐり合わせの悪かった発表をみなさんに紹介するという意図もあります。研究というものは、内容が優れているかどうかだけで評価が決まるものではなく、偶然を含むさまざまな要素に左右されるのです。

 なお、さらに別の研究ですが、ヨーロッパ宇宙機構の火星周回機『マーズ・エクスプレス』のチームは、2018年に地中レーダーを用いて、火星の地下に液体の水を発見したと発表しています。これについてはJBpressに既報ですので、御興味があらばそちらもどうぞ御覧ください。

※1:広島大学、2024『火星の地下には現在も液体の水が存在する可能性〜火星探査機がとらえた地震波速度からの検証〜』(https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/85604
※2:Katayama, I., and Akamatsu, Y., 2024, "Seismic discontinuity in the Martian crust possibly caused by water-filled cracks," Geology.
※3:Vashan Wright, Matthias Morzfeld, Michael Manga, 2014, "Liquid water in the Martian mid-crust," PNAS Vol. 121, No. 35, e2409983121.