ハッブル宇宙望遠鏡で撮像したオメガ・ケンタウリ。ここが超巨大ブラックホールの生まれ故郷?(NASA, ESA and the Hubble Heritage Team(STScI/AURA))

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 近年の天体観測の技術進歩はめざましく、最新観測装置や宇宙望遠鏡によって、めちゃくちゃ遠くて昔の宇宙の光景が観測できるようになってきました。そうして見えた大昔の宇宙には、超巨大ブラックホールが点在して、まわりの物質を吸い込んだり熱したり光らせたりしています。

 ここで天文研究者ははたと困惑しました。この超巨大ブラックホールはいったいどこから湧いて出たのでしょう? 何を親として宇宙に生まれてきたのでしょう。

 宇宙物理学のますます深まる謎、超巨大ブラックホールの誕生の秘密について、最新の研究結果をいくつか解説しましょう。

まだ8億年も経っていない

 2024年6月17日(協定世界時)、ドイツはハイデルベルク大学のサラ・ボスマン博士らの研究グループが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を用いてクエーサー「J1120+0641」を観測した結果を発表しました(※1)。

 クエーサーとは、質量が太陽の数十万倍〜数百億倍もある超巨大ブラックホールで、周囲の物質をその強大な重力で呑み込んでいるものです。呑みこんだ物質のエネルギーによって、クエーサー(の近傍)はぎらぎらと輝き、高温ガスの奔流を轟々と吹き出します。そのためクエーサーは極めて明るい天体として観測されます。

 クエーサーJ1120+0641は約300億光年という超遠方にあります。遠方から私たちに光が届くということは、その光が遥かな過去に発したことを意味します。現在見えているこのクエーサーの姿は、130億年以上の昔、宇宙が生まれてからまだ8億年も経っていないころのものです。

「まだ8億年も経っていない」といわれても、早いんだか遅いんだか混乱させられますが、これは相当古いです。「普通」のクエーサーは私たちから100億光年以内に位置していて、その姿は宇宙が50億歳以上の時のものです。正確な喩(たと)えではありませんが、普通のクエーサーが50歳以上だとすると、このJ1120+0641は8歳未満ということになります。

 この宇宙初期の若いクエーサーJ1120+0641を観測したところ、クエーサーの特徴とされる「ホット・トーラス」とか「ブロード・ライン領域」とか呼ばれる構造はすでにできあがっているし、質量はけっこう巨大に成長しているということが判明しました。なんと太陽質量の15億倍です。

 つまり、宇宙が生まれて8億年でクエーサーはすでに成熟していて、数十億年後の宇宙で見られる普通のクエーサーとそっくりだった、というのがボスマン博士らの発表です。

 ・・・さてこの発表はどこが驚きなのでしょうか。昔のクエーサーが意外に早熟だと、いけないことでもあるのでしょうか。

 この研究結果のどこが研究者にとって悩ましいかというと、宇宙のそんな初期からクエーサーがあったとなると、超巨大ブラックホールがいつどのように生まれたのか説明できない、ということなのです。

 これは現代天文学の未解決問題です。