研究成果の社会実装へ、ベンチャー企業を立ち上げ

 西村氏はすでに、薄毛や脱毛を促進するメカニズムも解明している。マウスを使った実験で高脂肪食の過剰摂取や遺伝性の肥満が、脱毛症の発症を促進することが明らかになった。老若両方のマウスに高脂肪食を与えてその違いを検証し、次のような結果を2021年『nature』に論文発表している*6

*6Obesity accelerates hair thinning by stem cell-centric converging mechanism

「加齢マウスにおいては、1カ月だけ高脂肪食を摂取するだけでも毛が再生しにくくなりました。若齢マウスでも数カ月以上の高脂肪食を与えながら毛周期(ヘアサイクル)を繰り返すと、毛が薄くなりました。4日程度の高脂肪食でも毛包幹細胞への影響が見られますし、しばらく続くと幹細胞の中に脂肪滴がたまりはじめ、ストレス反応を起こして幹細胞の分裂がおかしくなり幹細胞のプールが枯渇しやすくなるのです」

「ヒトでも肥満、メタボによって脱毛症のリスクが数倍あがることが疫学的に示されていますので、高脂肪食は避けたほうがよいでしょう。一般的に体に良いといわれる生活習慣は毛包にも良いです」

 一連の研究成果を社会に還元するために西村氏は2017年、スタートアップ企業・イーダームを立ち上げた*7。同社が目指すのは、幹細胞を活かし毛髪や皮膚の本来の再生を取り戻すことで、脱毛症や皮膚潰瘍などを治療するというものだ。

*7:イーダームのウェブサイト

「まず女性の脱毛症に対して、科学的エビデンスのある安全で効果的なプロダクトを開発して、脱毛症に悩む人のペインを和らげたいのです。ポイントは17型コラーゲンそのものを足したり発現を異常に増やしたりするのではなく、17型コラーゲンを分解してしまう要因をいかにその上流で食い止めるかです。その先に解決につながる道があるはずです」

 髪の毛の問題については悩む人が多いだけに、サイエンスのエビデンスに基づくプロダクトが待ち望まれている。2023年シード期の資金調達をしたイーダームと西村氏の研究が進めば、やがて多くの人が悩みから救われる日がやってくるかもしれない。

「疫学調査をもとにヒトの外観は余命の推測にも活用できることが示されています。特に単なる見た目ではないことが分かりつつあります。幹細胞がなくなってしまわないうちに、適切な診断と治療を施すことで安心して治療できる、そして健康長寿につながる、そんな未来を実現したい」と語る西村氏のビジョン、実現する日を待ち望む人は多いはずだ。

「Scienc-ome」とは
新進気鋭の研究者たちが、オンラインで最新の研究成果を発表し合って交流するフォーラム。「反分野的」」をキャッチフレーズに、既存の学問領域にとらわれない、ボーダーレスな研究とイノベーションの推進に力を入れている。フォーラムは基本的に毎週水曜日21時~22時(日本時間)に開催され、アメリカ、ヨーロッパ、中国など世界中から参加できる。企業や投資家、さらに高校生も参加している。
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竹林 篤実(たけばやし・あつみ) 理系ライターズ「チーム・パスカル」代表
1960年、滋賀県生まれ。1984年京都大学文学部哲学科卒業、印刷会社、デザイン事務所を経て、1992年コミュニケーション研究所を設立し、SPプランナー、ライターとして活動。2011年理系ライターズ「チーム・パスカル」設立。2008年より理系研究者の取材を開始し、これまでに数百人の教授取材をこなす。他にも上場企業トップ、各界著名人などの取材総数は2000回を超える。著書に『インタビュー式営業術』『ポーター×コトラー仕事現場で使えるマーケティングの実践法がわかる本(共著)』『「売れない」を「売れる」に変えるマーケティング女子の発想法(共著)』『いのちの科学の最前線(チーム・パスカル)』

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