「犬食い」は移民に対する恐怖を煽る古典的手法

 震源地は、中西部オハイオ州の都市・スプリングフィールド。共和党陣営はトランプ発言の前から、昨今急増したハイチ系移民がこの街で、犬猫などのペットや公園のガチョウをさらって食べているという嘘を垂れ流していた。その急先鋒が、トランプ氏が副大統領候補に選んだJ.D.バンス氏だ。同氏はオハイオ州で、上院議員という立場にある。

 バンス氏は15日CNNとのインタビュー中、同氏の虚偽発言によりスプリングフィールドの人たちが爆破予告などの恐怖に晒されていることを指摘されると、オウムか伝言ゲームのごとく「でもそれは自分が直接有権者から聞いたことだ」などと同じ主張を繰り返し、何らの証拠も提示しなかった。

ヘイトを煽る発言をしても開き直るバンス氏(写真:AP/アフロ)

 CNNのキャスターが、市長や地元当局などを引用してこの発言が虚偽であることを伝えると答えに窮し、「メディアが移民問題を無視してきたのが悪い」と論点をすり替えた挙句、米メディアが移民による国民の苦しみを報じないのなら「話を作ることも辞さない」と、自身の虚偽発言を認めるかのような、爆弾発言まで飛び出した*1

*1JD Vance reacts to Springfield father saying he politicized his son's death(CNN)

 バンス氏が語ったペットに関する嘘は、8月初旬ごろネオナチがオンライン上で広めたものと同一であると言われている。

 嘘も100回言えば真実となるという言葉のごとく、警察や市長、知事に至るまで、まともな地元当局は全てペット食いを否定しているにもかかわらず、いまだに共和党陣営はこの主張を変えていない。トランプ氏に至っては爆破予告について「知らない」と一蹴した上で、街が不法移民に乗っ取られて「地獄を味わっていることは知っている」と続けている。

 繰り返すが、スプリングフィールド在住のハイチ系住民のほとんどは、合法的に米国で暮らす権利を得ている。米国には「一時保護資格」(TPS)と呼ばれる制度があり、内戦などによって母国を逃れざるを得ない人たちに在留資格を与えるものだ。期間限定で国内での居住と就労の権利を与えられ、国外追放の可能性が回避される。ハイチはウクライナなどと同様、人々がTPSを得られる国の一つだ。

 バイデン政権はTPSの資格を持つ移民の数を大幅に拡大した。バンス氏らが執拗に攻撃しているのは、こうした民主党による移民政策だ。

 スプリングフィールドに暮らすハイチ系住民の生活は、米公共放送サービスのPBSが丁寧に描いている。この中で製鉄会社のトップが、ハイチ系住民の真面目な働きぶりを評価している。ペットを食らうとして共和党が押し付けたい野蛮なイメージとは、ほど遠い姿が垣間見られる*2

*2Ohio city with Haitian migrant influx thrust into political spotlight(PBS)

 選挙や国政などにおいて、移民など社会的に弱い立場の人たちなどに社会問題をなすりつけて極端に敵視し、論点をすり替えて優位に立とうとするのは、政治の常套手段とも言える。2016年、英国におけるEU(欧州連合)離脱を問う国民投票が良い例だ。あの時も離脱派は、移民が大量に入国したことで医療や住宅不足などが危機的状況に陥ったというデマを流し続けていた。

 ガーディアン紙は「犬食い」という比喩について、白人の政治家が恐怖を煽る目的で、特にアジア系の有色人種の移民に対してこれまでも使ってきた古い戦術だという専門家の見方を伝えている。

 しかし今回は、そもそもなぜハイチ系住民が狙い撃ちされたのだろうか。