若い教員に広がる“静かな退職”

 多少のハッタリはあったのだろうが、父の暮らしぶりは言葉通りだった。国産のセダンを数年ごとに買い換え、祖父の代から男性の家に出入りするテーラーで年に何度か新しいスーツを仕立てていた。

 父は年金のことを「恩給」と呼んでいた。公務員が共済年金に移行する前の旧制度の名称で、祖父は実際に恩給を受け取っていたらしい。

 軍人への国家補償である恩給は、共済年金よりはるかに高額だったようだ。男性が都内で大学生活を送った際の生活費は、全て祖父が出してくれた。

 20年ほど前に退職した父もそれなりに悠々自適の生活を送っている。今は車の運転は止めたが、月に1~2回はゴルフを楽しみ、コロナ前までは年に1度は母を連れて海外に出かけていた。

 だが、「そんなバラ色の老後はオヤジの代まで」と男性は語気を強める。

 共済年金は2015年から会社員を対象とする厚生年金と一元化された。従来はベースの基礎年金(国民年金)の上に2階部分の退職共済年金と3階部分の職域部分が上乗せされていたが、この2階部分が老齢厚生年金となり、3階部分は現役世代が年金原資を負担する賦課方式から積み立て方式に変更されている。

 結果として、保険料負担が増えたにもかかわらず、年金の給付水準は下がることになった。焦燥感を覚えた男性は、「大した額にはならないけれど、やらないよりはまし」と、2017年から公務員も利用できるようになったiDeCo(個人型確定拠出年金)に加入した。

「私の世代の教員はもはや、地元の名士でも高額納税者でも何でもない。学校では探求学習や課外活動など年々業務の負担が重くなる中、生徒や保護者からは尊敬されるどころか厳しい監視の目にさらされ、言葉尻をとらえては糾弾される。過労やストレスから休職する同僚が後を絶たず、大量採用世代が定年を迎えて人手不足が常態化している。一方、最近の若い教員には辞める気はないけれどやる気もない“静かな退職”が広がっている」