ホラーストーリーの語り部となるのか

 メキシコの現状は、中銀の独立性が政治による介入を受けて弱まってしまう危険性をよく物語っている。中銀による恐怖戦術が功を奏し、シェインバウム新大統領の下でも物価目標の実現に注力できるか定かではない。仮に新大統領が中銀の独立性を保証しても、新大統領以降の政権が中銀の独立性を弱めようとする蓋然性は残り続ける。

 中南米には、それが度重なる通貨危機を呼び起こしてきたにもかかわらず、左派的な経済運営が好まれる傾向がある。それは、いわゆる「大きな政府」の下で輸入代替工業化を通じた経済開発に努めるとともに、財政拡張と金融緩和で需要を刺激し続けることこそが、中南米経済の発展につながるという、戦後以来の伝統的な経済観である。

 とはいえ、そうした経済観の下で、中南米諸国は1970年代以降、度重なる通貨危機を経験してきた。しかし世代が巡ったことで、メキシコでも左派的な経済運営に対する欲求が蘇りつつあるようだ。このままだとメキシコは、サクセスストーリーの語り部から、そこから脱落したホラーストーリーの語り部と化してしまうかもしれない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です

【著者の主な記事】
ウクライナによるスジャ制圧は墓穴か?欧州のガス高再燃がウクライナ支援に消極的な民意を刺激する恐れも(JBpress)
ロシアへの二次制裁強化は確実に効いている!貿易統計が明らかにする窒息し始めたロシアの対中貿易(JBpress)
欧州の民意は環境問題よりも経済・移民対策、EUが国際社会をリードした環境規制も見直しや巻き戻しが必至(JBpress)
GDPで日本を抜いたドイツで吹き荒れるリストラの嵐、ドイツ経済で何が起きているのか?(JBpress)
対露制裁の抜け穴だった中国の銀行がロシア企業との取引を停止、ロシア産原油をバナナで決済したインドの製油業者も(JBpress)
日照不足なのに太陽光発電を推奨するドイツの不合理、ロシア産ガス抜きと再エネで気候中立を目指す自縄自縛(JBpress)
「一帯一路」から離脱したはずのイタリアが中国企業の誘致に積極的な理由、EUにもはびこる「上有政策、下有対策」(JBpress)
実はマイナス成長、名目GDPで日本を追い抜いたドイツが全然笑えないワケ(JBpress)
原発を「グリーンな投資対象」に加えたEU、メガトレンドではなくなった脱原発(JBpress)
割安なロシア産原油で精製した石油製品を国際価格で売りつけるインドの商魂(JBpress)
化石燃料の「脱ロシア化」を叫ぶ欧州がロシア産LNGの輸入を増やしている現実(JBpress)

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)がある。