中銀の迷走は政府への配慮か

 メキシコ中銀が物価目標を導入したのは2001年のことである。それ以降、中銀は物価目標を実現することに金融政策運営を注力させ、物価と通貨を安定させてきた。言い換えれば、これまで中銀は、8月の会合のような合理性を欠く判断をしてこなかった。そのため8月の決定は、中銀の政策運営が迷走し始めた印象を抱かせるものとなった。

 ところで、シェインバウム新大統領が正式に就任するのは2024年10月である。大統領選での勝利に当たって新大統領は、財政規律を順守し、中銀の独立性を守ると表明している。とはいえ新大統領が属する与党連合は、上下両院で議会の過半数どころか改憲が可能なほどの勢力となるに至っている。当然、中銀は、独立性を維持したいところだ。

 つまり8月の利下げは、中銀による新大統領への「配慮」ではなかっただろうか。日銀の利上げや米景気への懸念に伴うグローバルな金融不安が生じていた中で、追加利下げを実施しなければ、新大統領が金融政策運営に対して干渉を強める事態を招きかねない。そう判断し、中銀は物価目標に反して追加利下げを行ったのだと推察される。

 確かに、改憲も可能な勢力を伴うシェインバウム新大統領と真っ向から対立することは、中銀の独立性をかえって損なう結果をもたらしかねない。その意味で、8月の追加利下げが新大統領に対する配慮から行われたものであるとしたら、政治的な意味では合理的な判断だったといえる。しかし市場は、当然ながら、それを否定的に評価する。

 一方で中銀は、市場によって否定的に評価されたほうが好ましいと考えているのではないか。投資家は中銀によるタカ派の政策運営を交換してメキシコの金融資産を購入してきたのだから、ハト派の政策運営で通貨や株式、債券市場がガタつけば、シェインバウム新大統領も中銀に対して強い圧力をかけにくくなる。つまり、中銀流の恐怖戦術だ。