鈴木の前に立ちふさがった「小山の壁」

 鈴木も2年生春にはベンチ入りメンバーとなり、まず「小山の控え」の座を確保する。2年秋のリーグ戦、順位が決まった後の消化試合で代打に起用され、公式戦初出場を果たす。翌日の試合では、途中出場で小山に代わって初めて捕手の守備に就いた。

 3年春は出場ゼロに終わったが、秋にまた1試合、小山と交代で途中出場した。鈴木は「出たことは覚えているけど、内容は思い出せません。とにかく必死だったんで」と苦笑する。

 そして、これが鈴木の大学時代最後の捕手としての出場となった。打力がそこそこあったので、4年生になるとDHで何試合か先発出場している。ただ、捕手として守備に就くことはなかった。

 もちろん、練習は正捕手と同じことをやっている。当時の亜大の練習は、厳しいことで知られていた。

 ノックやボール廻しでは、最初に小山が入って鈴木が2番目。小山はソツなくこなし、ミスが出ても即座に大きな声でチームメイトに檄を飛ばし、監督やコーチに何も言わさない空気を作ってしまう。そういう危機察知能力が高かった。

 一方、要領の悪い鈴木は、ノッカーの生田勉コーチ(のちに監督)から「お前はなんで黙っているんだ」と突っ込まれ、怒声を浴びせられる。恰好の怒られ役だった。

「練習でボロッカスに言われて、オープン戦なんて怒られるために試合に出てるようなものでした。でも、もともと(心臓を指さし)こっちは弱くなかったので、『クソー』と思ってやってました。キツかったけど、強いところでやりたいと言って自分から入ったのだから、やめたいと思ったことは一度もなかったですね」

 鈴木は平然とそう言う。これほど格差をつけられながらも、小山に対して悪感情を抱いたことは一度もなかった。「あいつ、僕をすごく認めてくれていたんですよ」と言う。

 小山はよく「俺は経験値みたいなものがあるからこうして1番手で試合に出してもらっているけど、お前は肩は俺より強いし、バッティングもあるし、まあ足は二人とも遅いけどさ」と笑いながら話していた。今も地方大会などで顔を合わせる機会があれば、よく二人で食事に出掛ける仲だ。