甲子園球場誕生100周年のメモリアルとなる第106回全国高校野球選手権大会。連日熱いドラマを繰り広げ、ベスト8が出そろった。昨年の覇者、慶応義塾高校は部員たちのサラサラヘアやスローガンの「エンジョイ・ベースボール」が注目を浴びた。従来の高校野球の常識とはどう違うのか。長年プロ・アマ問わず野球人を取材してきたスポーツ報知編集委員の新著から、その秘密に迫ってみたい。
(東野 望:フリーライター)
「まかせる」と「待つ」をセットで考える
著者の加藤弘士氏は、現在はYouTube「報知プロ野球チャンネル」のメインMCも務める。その新著『慶應高校野球部 「まかせる力」が人を育てる』(新潮新書)で、社会人にも通じる慶応高校野球部の組織論と教育論について深掘りしている。
高度成長期の日本では、元野球部、すなわち指導者の指示に忠実で、理不尽な要求にめげないストレス耐性を持つ人物が重宝されていた。しかし時代は変わり、現在は自ら試行錯誤を繰り返し、最適解を導き出せる人材が求められている。
理想的なリーダー像も「カリスマ型」から、組織のモチベーションを高めサポートする「対話型」へとシフトしつつある。それは高校野球の世界も例外ではない。
慶應高校の森林貴彦監督は、まさに野球部という組織をサポートする対話型のリーダーだ。自身もかつて高校球児だった経験から、「まかされる喜び」が選手のやりがいに通じると実感しているという。
『まかせる』と『待つ』はセットだと思っています。まかせても我慢できなくてすぐ口出しちゃうとか、逐一進捗状況をチェックするとか、そうやってやる気を削ぐのは簡単です。(中略)でもそこを我慢して、本人に試行錯誤させた上で決めさせることが経験となって、成長につながるというのが僕の考え方です
もちろん放置するわけではなく、知識ややり方を伝えたり、問いかけに対して考えさせたりとフォローを入れることは怠らない。
大切なのは勝つことよりもその「プロセス」
森林監督の「まかせる力」は、慶應高校特有の「学生コーチ」制度にも表れている。
これは慶應高校OBの慶大生が、コーチとして後輩の練習をサポートするものだ。学生コーチが選手を指導しているときは、森林監督やそのほかの大人は一切口出しをしない。
森林監督は、選手に対するアドバイスや、メジャーメンバーとマイナーメンバーの入れ替えなど、大事な決定にあたっても学生コーチの発言に重きを置いている。
とはいえ、学生コーチはいわばコーチとしては新米だ。監督としては不安を感じることはないのだろうか? 実際に学生コーチを務めた1人はこう語る。
勝ちが全てだったら、森林さんは自分でやると思うんですが、選手が自分で考えて実行するというプロセスを大事にしている。それば学生コーチについても同じです。試行錯誤をさせる、そのプロセスに価値を見いだしているんじゃないかな、と