リベラル派も同じ穴のムジナ

 そんな中、興味深い動きが生まれている。リベラル系の主張を代弁することの多いウェブメディア「ハフィントンポスト」において、バイデン大統領のイメージを改善するために、生成AIを活用すべきだとする記事を掲載したのである。

「バイデン陣営はAIを受け入れる時だ」というタイトルが付けられたこの記事は、バイデン大統領の最近の討論会でのパフォーマンスが懸念されることを受け、AIを活用して有権者に効果的に訴えかけるべきだと主張している。具体的には、バイデン大統領の高齢や吃音による話し方の問題を、AI技術を使って「滑らかに」することを提案している。

 記事を書いたのはカイヴァン・シュロフという人物で、その紹介ページによれば、「ヒラリー・クリントンの2016年選挙キャンペーンで働いた経験を持つ進歩的な発言者であり戦略家」とのこと。

 ハーバード大学法科大学院で法学博士号、ケネディ行政大学院でMPP(公共政策修士)、イェール大学でMBA(経営学修士)、ブラウン大学で政治学の学士号をそれぞれ取得しているそうで、決して「フェイク画像だろうが何だろうが、選挙に勝つためには何でも使え」と言い出しそうな人物ではない。

 にもかかわらず、シュロフは、生成AIの力で現実を捻じ曲げたとしても、それがバイデン再選に役立つのであれば利用すべしと訴えているのだ。

 彼は記事の中で、「道理をわきまえれば、AIの利用は不誠実で欺瞞的だと異議を唱える人もいるだろう」としつつ、「誠実で正確な情報を共有しながら、バイデンのベストな姿を紹介する拡張AI動画は、私たちの情報エコシステムの現実よりも本当に社会的に有害なのだろうか? 私はそうは思わない」と述べている。

 1960年の米大統領選挙では、民主党のジョン・F・ケネディ候補と共和党のリチャード・ニクソン候補が争い、米国で初めて大統領選挙におけるテレビ討論会が開催された。その際、この討論会をテレビで視聴した人々と、発言内容だけをラジオで聴いた人々の間で、勝敗の印象が大きく分かれたという。

 ケネディはきちんとメークし、若々しくて活力に満ちた印象を与えた一方で、ニクソンは疲れた様子で汗をかき、髭の剃り残しが目立った。その結果、テレビで見ていた人々はケネディに軍配を上げたわけだが、それが選挙結果に大きな影響を与えたと言われている。

 ラジオで討論会の内容を知った人はニクソンを支持したわけだから、彼は政策面ではケネディに勝利していたのだ、と言えるかもしれない。ならば、見た目という「本質的ではない」部分で国の未来が左右されないために、バイデン大統領の姿を生成AIで修正すべき――。そんな考え方もできるのかもしれない。

 しかし、それが欺瞞であることは否定できない。「移民は敵だ」といった特定のイメージを増幅するために生成AIを使うのと、「健康面に不安がある」というイメージを打ち消すために生成AIを使うのとでは、現実をありのまま伝えていないという点で何ら差はない。

 そんな単純なことにも気付かず、ヒラリー・クリントンの選挙キャンペーンに関与した経験を持つほどの人物ですら惑わされてしまうのだから、よほど生成AIの誘惑は大きいのだろう。

 であれば、選挙における生成AI利用は、いずれ常態化してしまうのかもしれない。少なくとも有権者である私たちとしては、難しいとはいえ、できる限りこうしたテクノロジーによる欺瞞を見抜く目を養っておきたいところだ。

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【小林 啓倫】
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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