なお、画面左への交戦は、ATACMSではなく、レーダー誘導ミサイルのHARMであった可能性も考えられます。

 この2方向からの同時攻撃に対して、S-400は脆弱な可能性がありますが、S-300を運用していたウクライナは、その弱点を承知していたため、その弱点を突いた可能性が考えられます。

 これは一つの可能性に過ぎませんが、ウクライナはS-300(S-300PT、S-300PS、S-300PMU、S-300V1)を運用していました。ウクライナがS-300系SAMの弱点を認識していたことは確実です。

十分な迎撃能力を備えていたはずのS-400

 その一方で、ATACMSが猛威を振るっている理由として、ATACMSこそ、「ロシアのキンジャールが備えている」とロシア軍が喧伝していた、機動によるミサイル回避能力を備えている可能性があります。

 核の搭載も関係するため、明確に後継と位置付けられているわけではありませんが、ATACMSの初期バージョンである「ブロック1」は、実質的に通常弾頭型の短距離弾道ミサイル「MGM-52ランス」の後継でした。このため、ATACMSの配備に伴ってランスミサイルは退役しています。

MGM-52C ランス(U.S. Army, Public domain, via Wikimedia Commons)

 このランスとATACMSの初期型、ブロック1は、カタログスペック的には、さほど差がありません。ランスの射程125kmに対して、ATACMSブロック1は射程165kmと30%ほど延伸されているだけです。

 ランスからATACMSへの更新には、ランスの燃料が、毒性があり扱い難い非対称ジメチルヒドラジンであるのに対して、ATACMSは固体燃料で扱いやすさを求めたという点もあるのですが、最大の違いは命中精度です。

 ランスは、当初核弾頭搭載を前提に設計されたことも関係していますが、機械式のジャイロしかないなど、今で言う慣性誘導装置の精度が高くなく、当時はGPSも存在しなかったため、加速段階で弾道軌道を修正するだけで、終末段階は無誘導で直線的に落下するだけでした(大気圏内を落下する弾道ミサイルは、放物線ではなく、空気による揚力が働くためほぼ直線軌道となります)。

 さて、ここでランスをとり上げた理由は、2つあります。