新疆の反乱を平定した清朝末期の重臣にちなみ命名

 2008年には研究の結果、どうやら1960年代に同じジュンガル盆地で見つかった白亜紀前期のコエルロサウルス類、トゥグルサウルス・ファシルス(Tugulusaurus faciles:小巧吐谷魯龍)と、比較的近い類縁関係にある恐竜であることもわかった。

 ズオロンが論文として報告されたのは2010年である。「ズオロン」という属名の由来は、清朝末期の重臣・左宗棠(Zuo Zongtang)にちなみ、種小名の「サレーイ」はこの発掘プロジェクトに遺産を寄付していたアメリカの資産家、ヒルマー・サリーの名を取ったものとなった。

「サレーイ」はともかく、属名の「ズオロン」は、中国の恐竜としてはやや珍しい名付け方である。なぜなら中国において、恐竜の学名が学者や発掘関係者、前近代の偉人以外の特定の人名にちなんで命名される例は、従来あまり多くなかったからだ。

 通常、そうなる理由は「政治」である。とりわけ近現代史上の人物は、その評価に中国共産党のその時期ごとの価値判断が強く反映されるため、不用意に名前を使うとリスクが大きい。極端な話をすれば、文化大革命のような大きな政変が発生した場合に、これまで偉人とされてきた人物がいきなり大悪人扱いされて名前を口にできなくなる可能性すらあり、恒久的な使用が想定される学名には不向きなのだ。

中国では珍しく恐竜にその名が付けられた清朝末期の重臣・左宗棠(写真:Universal Images Group/アフロ)

 ただ、左宗棠の場合は、滅亡寸前だった清朝の立て直しを図った国家の大黒柱として非常に評判がいい人物であり、「問題なし」という判断がなされたのだろう(余談ながら、彼の名を冠した「左宗棠鶏」という華僑料理が考案されたりもしている)。

 加えて左宗棠は、19世紀に新疆の反乱を平定した功績がある。ズオロンの命名からは、北京の政権による新疆支配の歴史を肯定する意味合いもかすかに読み取れる。発見の経緯も命名の理由も、どこか政治的な色が見え隠れする恐竜である。

恐竜大陸 中国』(安田峰俊著、田中康平・監修、角川新書)

【後編を読む】
◎孫文でも毛沢東でもなく、地味な技術官僚が中国の恐竜史に名を刻んだワケ 江沢民と同い年の鄒家華の名が付いた経緯