AIの力なのに自分のスキルアップと勘違いするケースも

 また面白いことに、コーディングが苦手な学生は、実際にはAIツールに振り回されているにもかかわらず、自分は上手くやっていると錯覚しがちだったことも明らかになった。

 この実験結果が示しているのは、コード生成AIは、もともと優秀な学生にとってはさらなる効率化の手段となり得るというメリットと、より学習に取り組む必要のある学生については、かえってその学習から遠ざけてしまう危険性があるというデメリットの両面だ。

 もちろん、今回の実験が取り上げたのはコーディングという一つの知識領域に過ぎないが、他の専門領域やスキルについても、同じことが言える可能性がある。

 そもそも自分以外の誰かから得られた知識の正しさを確認するためには、自分の側にも一定の知識が必要となる。そうでない状況で質問をすれば、頼る相手が生成AIであろうが、はたまた見知らぬ誰かであろうが、回答に振り回されてしまうのは当然だ。

 だから生成AIを使うなという意味ではなく、AIに頼っても良いが、それを自分のスキルアップと勘違いしないこと。そしてAIに頼るのと並行して、自分自身のスキルを高める努力を継続すること。これらの点を心に留めておかなければならないのだろう。

 前述のソクラテスは、文字によって伝えられる知識は、「自分自身の一部ではない」と指摘した。つまりその知識を自分の内部に取り込むのではなく、外に置いたままで、それを頼るようになるというわけだ。

 それが「文字」というテクノロジーの価値ではあるのだが、確かに本を買っただけで賢くなったように感じてしまい、読まずに放置してしまう「積読」は、ソクラテスの懸念が具体化したものと言えるかもしれない。

 そしていま私たちは、生成AIを前に同じリスクに直面している。賢くなったのは自分ではなくAI、それを肝に銘じておこう。

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(ほか多数)

【小林 啓倫】
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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