しかし、なぜこだわりがなくなってしまったのだろうか。それは、工芸だけでなく文化全体が、「なぜ工芸は重要なのか、なぜ文化は重要なのか」という社会からの問いに答えられていない側面もある気がする。

「文化は大事だ」という命題に、真っ向から反対する人はそういない。しかし、なぜ大事なのか? という問いにシンプルに答えられる人は少ないようにも思える。それは、そもそも「文化」という言葉の定義が広範で、正直なんでも文化に含まれる事情も多分にあるだろう。

 これはあくまでも筆者の個人的な仮説だが、文化とは「人間的な繋がり作りに必要なもの」と定義できるのではないか。例えば、京都の焼き物は一つ一つが職人の手によるもので、まさに伝統工芸と言えるものであろう。その一方で、近くの100円ショップに出かければ、陶器も多く売られている。中には、デザインが凝っているものもあり、遠くから2つを見比べた時に絶対的な自信を持って違いを判別できるかわからない。そして多くの人が100円ショップで売られている陶器に機能的に満足する場合、その何十倍もの価格の手作りの焼き物をわざわざ買わないであろう。

 しかし、そうした単純な製品比較のほかに、筆者は以前こだわり消費という表現を使用したが、「自分はこの職人さんの作品が好きだ」「地元の職人が作ったものを応援したい」といった、「経済合理性だけではない価値」というものが出てくる。そうした価値の源泉には、「繋がり」があると思う。

 京都の焼き物がすばらしいのは、優れた技法はもちろんだがそれだけでなく、焼き物を作った職人、何百年以上も続く焼き物の歴史、そして、それを残してきた京都という街の物語が、一つの器に凝縮されているからであろう。

 例えば、ダイソーなど100円ショップの器を手に取っても、(少なくとも私は)人間的な縦と横の繋がりを感じないので、私にとってその器は文化ではない。一方で、それを使うことで、製造や輸送にかかわる人々や、あまたいる店員の生活、さらには、ダイソーの創業者の創業までの歴史を想起できる人がいれば、その人にとって100円ショップの器は文化になりうる。

 こうした仮説にはまだまだ肉付けが必要だが、グローバル社会・情報社会において、伝統文化を知ることは様々な文化へのパスポートとなる。筆者のような商社の人間や外国で活躍していく人にこそ、知ってほしいテーマである。

※本稿で紹介した「京文化のRed Data Book」等に関する問い合わせは、筆者が代表を務めるCulpedia(https://culpediajp.com/)まで。

徳永勇樹
(とくながゆうき)総合商社在職中。東京大学先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)連携研究員。1990年7月生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本語、英語、ロシア語に堪能。ロシア語通訳、ロシア国営ラジオ放送局「スプートニク」アナウンサーを経て総合商社に入社。在職中に担当した中東地域に魅せられ、会社を休職してイスラエル国立ヘブライ大学大学院に留学(中退)。また、G7及びG20首脳会議の公式付属会議であるY7/Y20にも参加。2016年Y7伊勢志摩サミット日本代表、2019年Y20大阪サミット議長(議題: 環境と経済)を務め、現在は運営団体G7/G20 Youth Japan共同代表。さらに、2023年、言語通訳者に留まらず、異文化間の交流を実現する「価値観の通訳者」になるべくNGO団体Culpediaを立ち上げた。

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